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楷書展望（１）
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　楷書という書体の全体を展望してみたいと思います。ここでは青山杉雨先生のご論文（「楷書作品のまとめ方」　『書道講座①楷書』所収　１９７１　二玄社）をご紹介しながら補足してゆきたいと思います。青山先生のお考えの特徴は、従来の書道の解説書が単に年代を追ったものであったのにたいして、年代にこだわらずに楷書の表現の様式をとらえて分類し、その意義を論じたものです。先生は楷書を大きく展望して「楷書の胚胎は三国の頃と見なされる。その後、晋、南北朝を経過して階唐に至って一応の完成を見る。この時期を解りやすく大別すると、①六朝期、②隋唐期ということになる。」とされています。
　①六朝期はさらに具体的に分類されて「原初様式、造像銘（ぞうぞうめい）様式、摩崖（まがい）様式、墓誌銘様式」を挙げています。②隋唐期は「欧陽詢（おうようじゅん）様式、虞世南（ぐせいなん）様式、褚遂良（ちょすいりょう）様式、顔真卿（がんしんけい）様式」に分類しています。ここで宋・元・明（みん）・清（しん）については述べられませんが、宋以後の書例は六朝期・隋唐期に確立した様式からの生々発展したものと考えて、ここでは取り上げられなかったと思われます。
　原初様式として挙げられたものに鍾繇（１５１～２３０）の諸作〈『宣示帖（せんじじょう）』『賀捷表（がしょうひょう）』『薦季直表（せんきちょくひょう）』など〉『広武将軍碑（こうぶしょうぐんひ）』（３６８）『爨宝子碑（さんぽうしひ）』（４０５）『中岳霊廟碑（ちゅうがくれいびょうひ）』（４５６）『爨龍顔碑（さんりょうがんひ）』（４５８）があります。鍾繇という人は書道史に登場する名人の一人なのですが、本人の直筆がなく現在見ることができるものはすべて法帖に刻されたもので、口の悪い人はでっち上げた書で根拠がないものとして相手にしない人もいるようです。根拠がないのはそのとおりなのですが、たいへん良く習われたようで、草書の名人として有名な明の祝允明（しゅくいんめい）や傅山（ふざん）は、鍾繇風の楷書を書いています。『広武将軍碑』『爨宝子碑』『爨龍顔碑』は一見して、横画の最後に跳ね上げのようなものがあり、全体に水平に運筆していることがわかります。
　造像銘様式として挙げられたものに『牛橛造像（ぎゅうけつぞうぞう）』（４９５）『始平公造像（しへいこうぞうぞう）』（４９８）などの龍門（りゅうもん）の造像銘があります。「龍門二十品（りゅうもんにじゅっぴん）」や「龍門五十品」と呼ばれるものですね。造像銘とは仏像を造った理由を刻銘した文章のことで、仏教にあつく帰依した北魏（ほくぎ）の人々は、北魏の都であった洛陽（らくよう）の南郊にある龍門山に洞窟をひらいて多くの石仏を造りました。龍門山の多数の銘文の中から二十種を選んだものを「龍門二十品」と総称しています。造像銘は洞窟の高いところに刻されています、このために字を刻すときに一刀で彫り上げたためにあの独特の字が生まれたのだと主張する人がいます。これを「刀書（とうしょ）」と呼んで実際に書いたものとは異なると言うのですが、まだ結論は出ていないようです。
　摩崖様式として挙げられたものに『石門銘（せきもんめい）』（５０９）・鄭道昭（ていどうしょう・？～５１６）の諸作〈『鄭文公碑（ていぶんこうひ）』（５１１）『論経書詩（ろんけいしょし）』（５１１）など〉『泰山金剛経（たいざんこんこうきょう）』（無紀年）『徂来山刻石（そらいさんこくせき）』（５７０）があります。石碑が表を平面に加工して文字を刻しているのにたいして、摩崖は自然の岩場に大きく字を刻しています。また石碑が比較的近くから見られることを意識して書かれるのにたいして、摩崖は遠くから見られることを意識して判読しやすいようにゆったりと大きく書かれています。『鄭文公碑』はそれでも小さいほうで一字５～６センチ、『泰山金剛経』になると一字３０～４０センチにもなります。
　墓誌名様式として挙げられたものに六世紀始め頃より多い諸墓誌銘、『張猛龍碑（ちょうもうりょうひ』（５２２）『馬鳴寺根法師碑（ばめいじこんほうしひ）』（５２３）『高貞碑（こうていひ）』（５２３）があります。さきほどの造像銘の高いところにあるのにたいして、墓誌銘は実際に墓に埋められました。石碑が雨などの自然災害また戦火や故意による人的災害によって破壊されるのにたいして、土中におかれることによって破壊からまぬがれました。なお取り上げられている『張猛龍碑』『馬鳴寺根法師碑』『高貞碑』は個人の業績を称えた頌徳碑で、『馬鳴寺根法師碑』『高貞碑』については墓前におかれたもので土中には埋められませんでした。これらは墓碑と呼ばれるもので、神田喜一郎先生は論文（「中国書道史６　南北朝Ⅱ」　『書道全集６』所収１９５８　平凡社）のなかで墓碑と墓誌とは区別して論じています。全般に文字は端正で、いわゆる上手な字の見本といってよいものです。

初出／『拓美』３７２号（平成８年１１月）
再出／『菅城』６２８号（平成１１年１月）
Ｗｅｂ版／平成１８年３月再編・加筆