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楷書展望（２）
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　前回に引き続き、楷書の②隋唐（ずいとう）期「欧陽詢（おうようじゅん）様式、虞世南（ぐせいなん）様式、褚遂良（ちょすいりょう）様式、顔真卿（がんしんけい）様式」を展望してみたいと思います。ここでは青山杉雨先生のご論文（「楷書作品のまとめ方」　『書道講座①　楷書』所収１９７１二玄社）をご紹介しながら補足してゆきたいと思います。
　欧陽詢様式として挙げられたものに『化度寺舎利塔銘（けどじしゃりとうめい）』（６３１）『皇甫誕碑（こうほたんひ）』（６２７～６４９の間）『九成宮醴泉銘（きゅうせいきゅうれいせんめい）』（６３２）があります。これらの諸碑はいずれも欧陽詢（５５７～６４１）によって書かれたものです。欧陽詢は陳のはじめに生れ、隋（ずい）をへて、唐の役人となりました。現在残っている欧陽詢の石碑はいずれも唐以後のものです。書写年代がはっきりとしている『化度寺舎利塔銘』は欧陽詢７５才、『九成宮醴泉銘』は７６才、また晩年の『温彦博碑（おんげんはくひ）』（６３７）は８１才にあたり、高齢になっても筆力・精神とも衰えなかった人でした。欧陽詢には他に『房玄謙碑（ぼうげんけんひ）』（６３１）という隷書碑があります。
　虞世南様式として挙げられたものに『孔子廟堂碑（こうしびょうどうひ）』（書写年不詳）があります。虞世南（５５８～６３８）も陳に生れ、北周（ほくしゅう）・隋をへて、唐の役人となりました。『孔子廟堂碑』ははっきりした書写年が不明ですが、貞観（じょうがん）三年または四年と推定されています。虞世南７０才前後にあたることになります。虞世南の書としては他に『積事帖（せきじじょう）』『汝南公主墓誌（じょなんこうしゅぼし）』の行草書がありますが、いずれも米芾（べいふつ）の書いたものではないかとの指摘もあり信憑性にとぼしく、虞世南の書としてはっきりしているのは『孔子廟堂碑』のみです。虞世南は、太宗皇帝（たいそうこうてい・５９８～６４９・在位６２６～６４９）の信任厚く、虞世南の死に接して「虞世南亡きあと、いったい誰と書の話しをしたらよいだろうか。」と言ったと伝えられています。
　褚遂良様式として挙げられたものに『伊闕仏龕碑（いけつぶつがんひ）』（６４１）『雁塔聖教序（がんとうしょうぎょうじょ）』（６５３）『房玄齢碑（ぼうげんれいひ）』（６４９～６５５の間）『王居士塼塔銘（おうこじせんとうめい）』（６５８）などがあります。『伊闕仏龕碑』『雁塔聖教序』『房玄齢碑』は褚遂良（５９６～６５８）によって書かれたものです。褚遂良は隋に生れましたが、青年期以後を唐にすごし、虞世南亡きあと推薦によって太宗皇帝の侍書（じしょ）に抜擢されました。『伊闕仏龕碑』は褚遂良４６才、『雁塔聖教序』は５８才にあたります。楷書はこの他に『孟法師碑（もうほうしひ）』（６４２）があります。また行書に『枯樹賦（こじゅふ）』（６３０）がありますが、褚遂良３５才にあたりもっと早い時期のものです。『王居士塼塔銘』は敬客によって書かれました。敬客（けいかく）は伝記の不明な人で、他に名を聞きません。書風は、褚遂良の『雁塔聖教序』と似たものですが、『雁塔聖教序』が緊張の連続なのに対して、『王居士塼塔銘』はリラックスした明るい風情です。欧陽詢・虞世南・褚遂良の三人を称して初唐の三大家と呼んでいます。
　顔真卿様式として挙げられたものに『多宝塔碑（たほうとうひ』（７５２）『大字麻姑（だいじまこ）』（７７１）『顔勤礼碑（がんきんれいひ）』（７７９頃）『家廟碑（かびょうひ）』（７８０）などと、『玄秘塔碑（げんぴとうひ）』（８４１）などの柳公権（りゅうこうけん・７７８～８６５）の諸碑があります。『大字麻姑』『多宝塔碑』『顔勤礼碑』『家廟碑』は顔真卿（７０９～７８５）によって書かれたものです。顔真卿の字は、欧陽詢・虞世南・褚遂良とはことなり豪快で重厚なものです。人によっては伝統書法の破壊者という評もあります。ただこうした逸格とも思える書風が一世を風靡し、これ以後、王羲之（おうぎし）書風・顔真卿書風の二大潮流として展開してゆきます。柳公権は明らかに顔真卿から生れたものですが、顔真卿よりも柳公権のほうが尊重さました。今からみるとおかしなものですが柳公権の一般に与えた影響の強さと考えるべきでしょうか。顔真卿には、他に『祭姪稿（さいてつこう）』『祭伯稿（さいはくこう）』『争座位稿（そうざいこう）』の行草書があります。米帯は顔真卿の楷書をけなしましたが、行草書は顔書第一として誉め称えています。欧陽詢・虞世南・褚遂良に顔真卿をくわえて、唐の四大家（したいか）と呼んでいます。

初出／『拓美』３７３号（平成８年１２月）
再出／『菅城』６２９号（平成１１年２月）
Ｗｅｂ版／平成１８年３月再編・加筆