漢字の五体（１０）　　　◆◇◆ＨＯＭＥにもどる

行書について(その1)
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　行書（ぎょうしょ）は、中学校の各学年で習います。これは「学習指導要領（がくしゅうしどうようりょう）」という、学校の教育の内容を定めた本に書かれています。この本に書かれた教育内容は、実施しなければならないことが法律で定められた厳重なものです。しかし実際の中学校の様子は、高校受験ということもあってか、十分に行書を教えているところは少数のようです。皆さんの中にも、習ったかなあと首をかしげる人も少なくはないのでしょうか。わたくしも永らく高校や大学で書道を教えていますが、受講生に聞いてみると「習った覚えがない。」と答える生徒や学生が意外に多く、はじめの基礎から行書を教えることにしたものでした。さて今度は、いざ行書を生徒や学生に教えてみようと説明を試みましたが、なかなか上手く説明できませんでした。教科書や解説書にあたりましたが、「行書が隷書（れいしょ）の省略体として用いられ、それから楷書（かいしょ）が発達した。」とあり「行書は楷書のはや書きにすぎないようなもの……。」とありました、なるほど専門家の言葉だけに納得はさせられましたが、ちょっと疑問が沸いてきました。それは、生徒や学生がこの言葉を聞いて半紙に向かい、筆を執って行書が書けるようになるだろうか、ということです。そのころ高校の書道の教科書会社は八社くらいあったと思いますが、どれもこれも行書が書けるような説明はなく、少し詳しいものでも行書の特徴として行書の姿について説明するだけでした。
　前置きが長くなりましたが、結論を言えば、行書とは具体的にこう書けば行書になる、そういう説明ができない書体であるということなのです。行書の入門に取り上げられる『蘭亭序（らんていじょ）』を思い浮かべて見て下さい、一字として読めない字がありません。漢文ですから文章として読めないことはあるでしょうが、一文字一文字を確かめ、「永」「和」「九」と読むことができます。『蘭亭序』を臨書したことのある人は、『蘭亭序』すなわち行書と頭から思い込んでいますから途惑いはありませんが、書に入門したばかりの人でしたら、これは楷書ですかと尋ねても、どちらとも答えに困ることでしょう。このように行書と楷書は近い間柄だということが言えます。
　漢字の書体は五体あって、これが篆書（てんしょ）・隷書・楷書・行書・草書（そうしょ）であることはすでにご存じのことと思います。この書体の区別は以外と簡単で、すこし展覧会などで見馴れれば、あっこれは草書だ、これは篆書だなどと区別がつくはずです。わたしなどはてっとり早く説明して、篆書は、基本的に縦長（たてなが）の字姿で、線に太い細いがないもの。隷書は、基本的に横長（よこなが）の字姿で、線に太い細いがあって波礫（はたく）という髭（ひげ）のようなものがあるもの。草書は、読むことができないもの〈くずし（型）を覚えれば読めるようになります〉。楷書と行書は似ているが、読めるもの。たいへんおおざつばなもので申し訳ないのですが、はじめて書に触れる人にはこんなふうに説明しています。ここでも篆書・隷書・草書・がはっきりと区別されるのに対して、楷書・行書だけははっきりとした区別が難しいのです。あえて言えば楷書は一点一画（いってんいっかく）を切りはなして、きちっと書くのにたいして、行書は一点一画をリズムよく書いて、ときに線の連続また省略があるが、楷書のもとの姿は失わないと説明できます。
　行書の字姿における、時に線が連続したり、また省略される様子は、次のような特徴が挙げられます。図版を見て参考にして下さい。①点画（てんかく）と字形は曲線的になる。②点画が次ぎの画に続くことが多い。③点画を省略することがある。④連続の仕方によって筆順が変わることがある。⑤点画の方向が変化することがある。⑥点画の終筆の形が変化することが多い。⑦省略されたものに、よく使われる偏（へん）・旁（つくり）・冠（かんむり）・脚（あし）がある。以上七つの特徴を挙げましたが、これは一例であり、これに限ったことではありませんし、また別の見方による分類の考え方もあるでしょう。
　行書は、法則によって成り立つものではありませんので、『蘭亭序』などの古典によって十分に手習いをして身に付けられることが最良の方法なのです。

初出／『拓美』３８３号（平成９年１０月）
再出／『菅城』６４７号（平成１２年８月）
Ｗｅｂ版／平成１８年４月再編・加筆