漢字の五体(17) ◆◇◆HOMEにもどる
行書の表現(その4)
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今回は、明(みん)の徐渭(じょい)の行書作品を見てみましょう。徐渭〈正徳(せいとく)一六年・1521〜萬暦(ばんれき)一二年・1593〉、字(あざな)は文清のちに文長、号は青藤道士(せいとうどうし)・天地山人(てんちさんじん)・湘管斎(しょうかんさい)と称したほか、田水月老人(でんすいげつろうじん)・漱仙(そうせん)・鵬飛処人(ほうひしょじん)など多数あります。山陰(さんいん 浙江省紹興・せっこうしょうしょうこう)の出身です。
徐は官吏の家庭に生まれましたが、はやくに父母は亡くなっています。幼少のころより聡明で、二〇歳で山陰県学にすすみ生員(せいいん 科挙受験の候補生)となるものの、八度科挙に応じましたが合格することができませんでした。学問は、王陽明(おうようめい)に学んだ季本(きほん)に師事して陽明学(ようめいがく)を修めました。また戯曲を研究して、論文『南詞叙録(なんしじょろく)』・劇本『四声猿(しせいえん)』を著わしました。徐三八歳(嘉靖三七年 1558)のとき、浙閏(せつびん 福建省・ふっけんしょう)軍務総督(ぐんむそうとく)に胡宗憲(こそうけん)が就任したのにともない、側近に採用となり非常に重用されました。のちに胡が失脚し逮捕投獄されたことから、責任が自分におよぶことを恐れた徐は精神疲労から耳と胸をついて自殺をはかりました。一命はとりとめたものの狂乱して妻を殺し収監されてしまいます。同郷の張元忭(ちようげんべん)の減刑請願により七年の懲役を軽減されました。出獄ののちは困窮して書画を売って晩年を過ごし、貧困と病のうちに七三歳で亡くなりました。
徐の生涯は悲しい結末でしたが、一代の文芸は詩文書画をよくした才人ぶりでした。のちの評論家は徐の画を評価しましたが、徐自身「吾が書第一、詩二、文三、画四。」として書を一番の得意としています。書は蘇軾(そしょく)・黄庭堅(こうていけん)・米芾(べいふつ)をまなんで独自の表現をしました。徐の書作品には『女芙館十詠(じょふかんじゅうえい)』がありますが、一巻のうちに米芾・黄庭堅・蘇軾・蔡襄(さいじょう)の風を書き分けて面白いものです。『女芙館十詠』は、『書道グラフ』(1982年10月号)に見ることができます。画は山水・人物のほか花卉をよくして、絵画史のうえからは陳淳(ちんじゅん 1483〜1544)とならび称され青藤白陽(せいとうはくよう)として評価されます。
徐の文芸はこのように評価されましたが、徐の在世中は注目されるものではありませんでした。この徐の文芸を評価したのは、詩人として有名な袁宏道(えんこうどう 1569〜1610)が絶賛したことによります。袁の評価は徐の詩にたいするものでしたが、これより識者の知るところとなり、のちの石涛(せきとう)・朱耷(しゅとう 八大山人・はちだいさんじん)、また楊州八怪(ようしゅうはちかい)の人々から明代(みんだい)最高の文人とまで評されるようになりました。袁は、徐のためにその伝記をつくり残しています。
取り上げた『青天歌詩巻(せいてんかしかん)』は、蘇州博物館収蔵の名品です。『芸苑綴英(げいえんてつえい)』(1978 第一期・第二期)によって、また『書道グラフ』(1979年8月号)に紹介され、その徐の面目躍如たる書きぶりに人々を驚嘆させました。詩巻は1966年に曹澄(そうちょう)という人の墓から出土したもので、二三〇字を二〇メートル余にもおよぶ長巻に書いてあります。さきほどの袁宏道は、徐の書を評して「筆意は奔放にして、その詩のごとし。蒼勁(そうけい)のうちに姿媚躍出(しびやくしゅつ)す。」……運筆はのびのびとして、徐の詩の内容とおなじである。力づよさのうちに、なまめかしさがあふれている。……といっています。また「王画宜(おうがぎ)・文徴仲(ぶんちょうちゅう)の上にあり。書法(しょほう)を論ぜずして書神(しょしん)を論ず。まことに八法(はっぽう)の散聖(さんせい)にして、字林(じりん)の侠客(きょうかく)なり。」……王寵(おうちょう)・文徴明(ぶんちょうめいより優れている。書技にこだわることなく、書の精神を重んじる。これこそほんとうに書の仙人であり、文字の自由人である。……といっています。雅宜は王寵の字、徴仲は文徴明の字です。八法は永字八法の言葉のとおり、書のことです。散聖は散人とおなじで在野の人のことで、侠客は常識に縛られない白由人のことです。徐の自由奔放な文芸を愛し称揚してやまなかった、袁宏道の心からの讃辞です。
初出/『拓美』398号(平成11年1月)
再出/『菅城』690号(平成16年3月)
Web版/平成18年4月再編・加筆