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草書について(その2)
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漢字は、文字の構造として単独体と複合体に区別されます。単独体とは、偏(へん)と旁(つくり)に分けることができないもので、複合体とは偏と旁に分けることができるものです。例えば単独体には、子・心・糸・水・示などがあります。複合体には孫・忘・終・流・神などがあります。こうした考え方は、たいへん古くからあって許慎(きょしん)の『説文解字(せつもんかいじ)』は文字を区別して考え、単独体は文(ぶん)であり、複合体は字(じ)であると説明しています。
この単独体と複合体の考え方は、草書を説明する時にも便利ですので、これを応用してお話したいと思います。
単独体の草書は、そのまま覚えます。複合体は、単独体の草書を合わせていけば複合体の草書が出来上がるのが原則です。ただし、単独体が偏(へん)や冠(かんむり)になる時にスタイルが変化するものがありますので、これは別に覚えることになります。例として水は偏(へん)になると氵(さんずい)になり、示はネ(しめすへん)になります。
次ぎに、草書は偏と旁の略体つまり点画(てんかく)の省略によって出来ていて、早く書けて実用に適するという利点によって、人々に広く受け入れられ書体として確立しましたが、点画の省略による不都合が生じてきます。この不都合を三つのポイントで説明してみたいと思います。
〈草体の不思議 図1〉草体から、もとの字を予想また想像できないもので、どうしてこんなスタイルなのだろうと首をかしげてしまうものです。これは草体に略化するときに、隷書(れいしょ)または篆書(てんしょ)や隷書・篆書の書写体から変化させたことが理由でしょう。例えば等・幸・間・叔・無などがあります。
多くの草書は、あるていど判断がつくものが多いのですが、全く想像も出来ないものが存在することも事実です。いっぺんには覚えられませんので、手習いによって手に覚えさせるのが一番の近道でしょう。焦りは禁物、習うが近道です。
おすすめの古典としては、王羲之(おうぎし)『十七帖(じゅうしちじょう)』や孫過庭(そんかてい)『書譜(しょふ)』があります。どの先生に伺ってもこれの古典を推薦されますが、文字が読めなくてやりにくいという方には、智永(ちえい)『真草千字文(しんそうせんじもん)』がおすすめです。これは楷書と草書が並んで書かれていますので、楷書と草書が両方勉強できて、四字句一対で一二五の文章で構成されて千字になるというものです。古来より入門書とされてきた暗記ものです、学校でならう常用漢字(むかしの当用漢字)が一九四五字ですから、千字くらいは頑張れば覚えられます。智永『真草千字文』は、拓本(関中本 かんちゅうぼん)と肉筆(小川本 おがわぼん)の二種類がありますので、やりやすい方を選んで下さい。
〈部首の類似 図2〉草書は、略化の結果として異なる偏と旁でありながら、おなじ省略型になる場合があります。このことから、せっかく草書を覚えても、判読に文章や字句の前後から原字を判断しなければなりません。例えば、イ(にんべん)・彳(ぎょうにんべん)・氵(さんずい)・言(ごんべん)はことなる偏でありながら、おなじ省略型です。文字にあたってみますと仿(ならう)・彷(さまよう)・訪(たずねる)は別字ですが、おなじ草書になってしまいます。
〈草体の近似 図3〉別字でありながら、草体が似てしまうことがあります。しかし精しく見れば違いがあるというもので、草書を書く時に意識しないと混乱してしまうものです。例えば、水・永は草書の書き出しのノを一回ならば水、二回ならば永になります。
〈部首の類似〉と〈草体の近似〉については、むかしの人も頭を悩ませていたようで、これを理解しやすいように説明した『草訣歌(そうけつか)』また『草訣百韻(そうけつひゃくいん)』という本があります。この本は俗書で人には見せられないものですが、〈部首の類似〉と〈草体の近似〉を知るには便利なものです。使い方次第で、けっして馬鹿にしたものではありません。これは伏見冲敬先生が、初心者でも誤らないよう解説をつけた『草書をおぼえる本(草訣歌詳解)』(二玄社)がありますので、草書で困っている方におすすめします。
初出/『拓美』407号(平成11年10月)
再出/『菅城』700号(平成17年1月)・702号(平成17年3月)
Web版/平成18年4月再編・加筆