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草書の表現（その１）
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　「草書の表現」と題して、元（げん）・明（みん）・清（しん）それぞれの時代の特色ある表現の草書作品を取り上げてみたいと思います。
　今回は、元の楊維禎（よういてい）の草書作品を見てみましょう・楊維禎〈元・元貞（げんてい）二年・１２９６～明・洪武（こうぶ）三年・１３７０〉、字は廉夫（れんぷ）、号は鉄崖（てつがい）といいました。また作品款文の署名には維禎のほかに維�襦覆い討ぁ砲箸發△蠅泙垢�⇒未亮�儖�鯆瓦戮討澆泙垢醗歡�魄�犬砲靴討�螳�襪領磴呂△蠅泙擦鵝Ｊ鵡罎蓮�甘�賛諭覆討辰討④匹Δ犬鵝法μ干位歓諭覆爐�い爐犬鵝法κ摠簣型諭覆曚Δい蹐Δ犬鵝法ε谿飮辧覆箸Δい掘砲覆匹�△蠅泙后Ｊ鵡罎療甘�賛佑蓮�甘�鬚茲�傾イ鵑世海箸�蕕量森罎任后２餬痢覆�い韻ぁ±狭松幣匐宗Δ擦辰海Δ靴腓Δ靴腓Δ海Α砲僚仗箸任后�
　楊は、子供の頃から数千言の文章を暗唱した秀才でした。その父の楊宏（ようこう）も、ひじょうに教育に熱心な人でした。そのようすは楼閣を築いて数万巻の書物をおき、楊を閉じ込めて五年間勉学に専念させたと伝えられます。泰定（たいてい）四年（１３２７）三二歳、進士に合格して元朝の高級官僚となりました。地方官に就任しますが、すぐに辞任してしまいます。直情また狷介な性格によることが理由とされます。至正（しせい）一二年（１３５２）五七歳、江西儒学提挙（こうせいじゅがくていきょ　江西省教育庁長官）に抜擢されて官僚に復帰しますが、兵乱にあって赴任することはありませんでした。蘇州（そしゅう）の張士誠（ちょうしせい）に招かれますが辞して応ぜず、松江（しょうこう　江蘇省上海・こうそしょうしゃんはい）にうつり住みます。浙江（せっこう）・江蘇（こうそ）において詩社の指導者となり、文墨に親しんで日々を送ります。張士誠は、みずから呉王（ごおう）と称した軍閥でした。元朝がほろんで、明朝に歴史がかわります。洪武二年（１３６９）七四歳、太祖洪武帝（たいそこうぶてい）より『礼学』の編纂を命ぜられますが、辞退します。翌年、ぶたたび命をうけます。任官には応じなかったものの叙例を編纂して松江にかえり、七五歳で亡くなりました。楊の文芸は、詩文が評価されます。詩は自由闊達で鉄崖体（てつがいたい）と称され、文は秦・漢（しん・かん）を宗としました。著書に『東維子集（とういししゅう）』『鉄崖先生詩集』『鉄崖古楽府（てつがいこがふ）』などがあります。
　図版は、巻子（かんす）『張氏通波阡表（ちょうしつうはせんぴょう）』の冒頭です。青山杉雨先生の御所蔵でしたが、先生が亡くなられて青山家から先生の御遺志として、この作品を含めて元・明・清の書三一件が東京国立博物館に寄贈されました。『張氏通波阡表』は、張麒（ちょうき）の依頼により楊が作文したものです。内容は、張麒の先祖代々の墓地にたてる碑文を書いたものです。阡表とは、墓道にたてる碑をいいます。款文に至正乙巳（しせいいつし　至正二五年・１３６５）とあることから楊七〇歳にあたり、元朝滅亡の三年前にあたります。
　楊は、草書のなかでも章草（しょうそう）とよばれるスタイルを得意としました。楊の活躍した元朝（１２７１～１３６７）は百年ほどがありますが、蒙古族（もうこぞく　モンゴル族）が漢民族を支配した時代でした。研究では、蒙古族を中心とする支配層二百万人が漢民族七千万人を統治したとされます。まさに誇りたかき漢民族にとっては政治文化ともに屈辱の百年でした。書の表現におても趙孟頫（１２５４～１３２２）が王羲之書法を遵法して元朝一代を代表しますが、この時代の書の特徴にあげられるのが章草の表現です。章草は、草書の原型とかんがえられ、隷書にみられる波勢（はせい）をもった草書のスタイルです。章草の書例には、漢（かん）・章帝（しょうてい）『千字文（せんじもん）』〈淳化閣帖（じゅんかかくじょう）所収〉・索靖（さくせい）『月儀帖』（げつぎじょう）〈鬱岡斎帖（うっこうさいじょう）所収〉・王羲之『豹奴帖（ひょうどじょう）』〈澄清堂帖（ちょうせいどうじょう）所収〉などがあります。一文字一文字が独立して単体でかかれ、最終画に波磔に似た払いがあります。このような章草が、ひとつの時代を代表するほど流行したのは元朝だけにみられるものです。元朝において章草をよくした人に、楊のほか巙巙（きき　康里子山・こうりしざん　１２５５～１３００）がいます。巙巙は、トルコ系遊牧民でしたが色目人（しきもくじん　元朝において蒙古族以外の外国人をいう）として特権階層の優遇をうけ元朝の高級官僚となった人です。また、さきほどの趙孟頫も章草の作品をのこしています。巙巙の章草には『李白古風（りはくこふう）』（墨蹟本　東京国立博物館蔵）、趙の章草には、『急就章（きゅうしゅうしょう）』（墨蹟本）・『六体千字文（ろくたいせんじもん）』（墨蹟本）などをみることができます。

初出／『拓美』４１１号（平成１２年２月）
Ｗｅｂ版／平成１８年４月再編・加筆