臨書探訪４６　（３３）　　　◆◇◆ＨＯＭＥにもどる


�ｹ石如　臨 李陽冰『謙卦碑』
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　今回は、�ｹ石如（とうせきじょ）を取り上げてみたいと思います。�ｹは、乾隆（けんりゅう）八年（１７４３）懐寧（かいねい　安徴省・あんきしょう）の出身です。はじめの名は琰（えん）、字を石如（せきじょ）といいました。のちに仁宗・嘉慶帝（じんそう・かけいてい）の即位に際し、五四歳以後その諱(いみな　顒琰・ぎょうえん)を敬避して名を石如、字を頑伯（がんはく）に改めました。別号として、三十代には古浣（こかん）・古浣子（こかんし）、四十代には長卿（ちょうけい）・笈遊道人（きゅうゆうどうじん）、五十代には鐵硯山房・完白山人、六十代には完白山民・完白翁を書作品の款識に見ることができます。また刻印の款識には、ほかに赤玉（せきぎょく）・頑道人（がんどうじん）があります。�ｹの自用印には「�ｹ氏赤玉一字石如又字拾餘亦字實愚別字識漁」印があることから拾餘（しゅうよ）・實愚（じつぐ）・識漁（しきぎょ）も字としていたようですが、作品の款識には見られないものです。
　�ｹの伝記には、孫雲桂（そんうんけい）『完白山人伝』・呉育（ごいく）『�ｹ石如伝』・包世臣（ほうせしん）『完白山人伝』・方履籛（ほうりせん）『�ｹ完白先生墓碑』・李兆洛（りちょうらく）『石如�ｹ君墓志銘』などがあります。資料により一致しない部分や事実と異なるところもありますが、共通していることは科挙に応じなかったことにより官職の記録が皆無であること、また詩文や学問の著作がないことです。青年のころより刻印と書を売って諸国を漫遊し、四〇歳前後には梅鏐の家に寄宿して書を古典臨書によって完成させました。乾隆五五年（１７９０　四八歳）には上京（北京）して劉墉（りゅうよう）また陸錫熊（りくせきゆう）に賞賛されましたが、のち劉は失脚し、陸は急逝してしまいます。さらに翁方綱（おうほうこう）から批判されたことから北京を離れます。五〇歳頃には畢沅（ひつげん）の招きに応じて、側近になりますが三年ほどで帰郷。嘉慶七年（１８０３　六〇歳）包世臣と出合い、嘉慶（かけい）一〇年（１８０５）六三歳で亡くなりました。
　�ｹの残された作品を点検してみますと、刻印と書に限定されるようです。文人の三絶とも四絶とも言われる詩書画篆刻のうち、画は見当たりません。こうしたことは、それだけに刻印と書に生涯を凝縮したと言うべきでしょう。�ｹにおいて刻印と書は平行して実践されたと考えられますが、先行して完成したのは刻印です。制作年のある初期作品を点検しても、刻印が三十代半ばに集中して見られます。また生涯を通して刻印は行なわれ二百面余りが確認できます。書は、篆書隷書が�ｹの最も評価されるところで、とくに篆書書法は今日にいたるも最高境地とされます。篆書は当時、玉箸篆（ぎょくちょてん）が完成されていましたが、筆鋒を焼いて揮毫するなど工芸的要素がつよいものでした。これをのちに逆入平出（ぎゃくにゅうへいしゅつ）と呼ばれる筆法によって篆書書法を完成させたのが�ｹでした。�ｹより以後、篆書書法を継承した呉煕載・趨之謙・呉昌碩などがいますが、清朝後期を代表する書法家であると同時に、著名な篆刻家でもあります。この事実は�ｹによって始めて書法と刻印が一致したことを示すものです。�ｹによって確立された篆書書法と刻印の一致による近代篆刻の創始は、�ｹ最大の功績です。
　�ｹの学書の過程を、包世臣『完白山人伝』には‥‥『石鼓文』『嶧山碑（えきざんひ）』『泰山刻石』『開母廟石闕銘（かいぼびょうせっけつめい）』『裴岑紀功碑（はいしんきこうひ）』『禅国山碑』『天発神識碑』『城隍廟碑（じょうこうびょうひ）』『三墳記』を好んで、各百本を臨摸した。さらに篆書を学ぶために『説文解字（せつもんかいじ）』を手写すること二十本、くわえて三代の鐘鼎、秦漢の瓦当・碑額におよんだ。早朝より深夜まで、寒暑を問わず習うこと五年にして篆書を会得した。こんどは『史晨碑（ししんひ）』『西嶽華山廟碑』『白石神君碑』『張遷碑』『潘校官碑（はんこうかんひ）』『孔羨碑（こうせんひ）』『受禅碑』『大饗碑』を臨すること各五十本、三年にして隷書を習得した。‥‥とあり、熱心な勉強ぶりでした。これだけ臨書しているのですからたくさんの臨書例がありそうですが、書については取り上げた図版の一例だけのようです（印の摸刻は六種ある）。落款にある乾隆四六年（１７８１）は、�ｹ三九歳にあたります。包世臣が指摘する�ｹの学書の様子は�ｹ三八歳以後のことですので、まさに篆書に熱中した時期の一例と言えるでしょう。また落款に‥‥李陽冰（りようひょう）の篆（てん）を用いて、これを書す。‥‥とあることから臨書と考えられてきましたが、碑が知られないものでした。李陽冰『謙卦碑（けんかひ）』が『中国書道全集』第四巻（平凡社　１９８７）に紹介されてから、ひろく知られるようになりました。李『謙卦碑』は撫湖（ぶこ　安徽省）の孔子廟に置かれていたほか、重刻が数種あったようです。�ｹの晩年に完成された逆入平出による荘重な金石書法ではありませんが、徹底した古典臨書により玉箸篆を完成させた�ｹ書の出発点とも言える記念すべきものです。


初出／『玄筆』３４号（平成１１年１月）
Ｗｅｂ版／平成１８年５月再編・加筆