�ｹ石如　行書『詩稿冊』について
（作品論・文学論）

遠藤昌弘


目次
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１　本件の概要
２　�ｹ石如詩稿冊の二十一題三十六首の内容（釈文）
３　�ｹ石如詩稿冊の款文
４　�ｹ石如詩稿冊の跋文
５　孫雲桂『完白山人伝』
６　�ｹ詩について
７　『詩稿冊』における�ｹの行書について


はじめに
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　本件は、平成十二年一月に開催された謙慎書道会主催による『中国書法名品展』―清初中期―において展覧された。また、今年平成十三年一月に開催された謙慎書道会主催による『中国書画名品展』―清初中期―において、再度展覧された。
　平成十二年の『中国書法名品展』では、図録に掲載されない四件の書画があったが、この中に本件も含まれていた。写真図録によって紹介されたのは平成十三年の『中国書画名品展』が本邦においては最初のものと思われる。この間の事情について、『中国書画名品展』図録に載せる小林斗盦氏の序文（「中国嘉道間の書画」）に触れられているのでそのまま引用する。……昨年開会間際に将来された四点は、図録登載が不能だったので再び展覧して図録に記録した。……とあることから、平成十二年一月初旬の頃の将来品で、�ｹ石如の真跡による資料がまた一つ加わり、�ｹ石如研究に資されることは何よりの喜びである。
　本稿では、現在までに判明している�ｹ石如資料との関連を記録整理して今後の研究の第一足となれば幸いである。
　なお本稿中の作品に付された（�ａjで示される数字は、拙稿「�ｹ石如（有紀年）作品目録」（『大東書道研究』第７号（１９９９）大東文化大学書道研究所　所収）に拠る。また刻印に付された（§）で示される数字は小稿「�ｹ石如自用款印�T・�U」（「�ｹ石如書作品における款印と使用時期の変遷について」　『大東書道研究』第８号（２０００）大東文化大学書道研究所　所収）に拠る。

　本稿の執筆にあたり個人様・団体様より関係資料のご提供またご教示を得ました。深く感謝申し上げます。
　とくに小林斗盦先生には作品図版の掲載にあたりご高配を頂きました、ここに誌して厚く御礼申し上げます。







１　本件の概要
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　題簽は、夾板の中央上部に「�ｹ石如公墨寶」が貼られる。題署者名・押印ともになく、揮毫者は不詳である。

　本文は紙幅縦26.4cm×横32.1cmの十二面に二十一題三十六首が行書にて揮毫されている。（第二章において詳述する。）続いて葛桐青の跋文二面二十八行がある。（第四章において詳述する。）
　本文款識（第三章において詳述する。）から、乾隆五十七年（１７９２）�ｹ石如五十歳の時のもので、孫雲桂（号―香泉）のために書かれたことがわかる。（第五章において詳述する。）
　本文紙幅は、四方に朱界が施され、行界として右面に六本六行分、左面に六本六行分、見開き十二行の構成をなしている。なお、本文紙幅中央に縦の折れ跡が十二面全部にあることから、はじめ左右の見開きの冊子であったものを、のちに改装されて現在の姿になったものであり、跋文の二面も同様であることから、跋文は改装前から付されていたものである。

　本文第一面一行目の下部に引首印として「家在龍山鳳水」印が押印さてれている。
　本文第十二面六行目に款印として「�ｹ琰」印と「石如」印がある。

　稿者の調査�@によれば、「家在龍山鳳水」印は、�ｹ五十歳から五十九歳の間の作品に使用されている。「�ｹ琰」印、�ｹ四十九歳から五十三歳の間の作品に使用されている。「石如」印は、�ｹ四十九歳から五十五歳の間の作品に使用されている。前述のとおり本件の制作年は�ｹ五十歳であり、稿者が調査した作品の押印使用期間と一致するものである。

�@「�ｹ石如自用款印�T・�U」「資料�U�ｹ石如書作品における自用款印と使用時期一覧表」（『大東書道研究』８　「�ｹ石如書作品における款印と使用時期の変遷について」所収）


２　�ｹ石如詩稿冊の二十一題三十六首の内容（釈文）
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　以下に、二十一題三十六首の詩題、詩文を録する。詩題には「」を付し、添え書きのあるものは（）を付した。これに若干の補足を加え、べつに�ｹに同じ詩の作品、または�ｹ詩を載せた文献に同じ詩の掲載があるものは取り上げ、詩句の異同を補足した。
　なお、本稿は、�ｹ詩の文学における検討（訓読・語釈・詩意・詩の背景となる古典の引用など）を述べるには紙幅に制限があるので、ごく簡略にとどめた。これについては、稿を別にして詳細を述べることとしたい。
　本章の総括として―『詩稿冊』（�ｹ五十歳作）にある詩の作品揮毫例と所収文献一覧―を章末に付した、参照願いたい。
　
Ａ　七言律詩（二首）
（第一題）「登岱。」（庚戌夏。入都門作。）
�T：岱秩巍巍秉節旄。崚嶒直上走猨猱。一無所限惟天近。百不如人立脚高。過眼浮雲失齊魯。増封諸嶽侍兒曹。尊嚴莫訝風塵迹。終古乾坤幾布袍。
�U：乗興攀躋第一峰。随聲謦欬與天通。依稀百二秦關小。縹渺三呉練影重。駭目濤翻滄海日。迎人青漲徂徠松。孑然兩脚遊山屐。撒手蒼巖擲短筇。

　詩題にある「登岱」の岱は、中国五岳の一つである泰山（山東省）である。中国第一の名山であり、歴代皇帝が封禅の儀を行っている。李白・杜甫など多くの文人の朗詠がある。
　詩題の添え書きにある「庚戌」は、乾隆五十五年（１７９０）�ｹ四十八歳にあたる。また「入都門作」は、包世臣『完白山人伝』の記載と一致する。包『完白山人伝』には、乾隆庚戌（乾隆五十五年　１７９０）の秋の純廟（乾隆帝�@）の八旬の聖節（八十歳の聖誕）のために、六月に文敏（曹文植�A）と共に�ｹが入都したことが記される。この年の重九後二日（九月十一日）に都門の寓廬において揮毫した篆書『湛方生序』四屏（�ｂS８―１）があり、また小春孟冬（十月十一月）に都門の寓廬において揮毫した四体書四屏（�ｂS８―２）があり、夏・秋・冬と都にて活躍したことが伝記資料また書作・詩作から裏付けられる。
　この詩による書作は他に、作詩から十年後にあたる庚申（嘉慶五年　１８００）�ｹ五十八歳の夏の時に小悟主人（不詳）のために書かれた行草書八屏（�ｂT８―４）がある。作品は『書品』第７８号に写真紹介されている。『詩稿冊』題名には「登岱。」とあるが、行草書八屏には「登東嶽。」としている。また『詩稿冊』款文には「庚戌夏。入都門作。」とあるが、行草書八屏には「庚戌秋作也。」とあり、はじめ詠詩は夏に行われ秋になって推敲されたものであろう。詩文の文字に異同〈�Tの第二句（猨→猿）、第六句（侍→親）　�Uの第二句（欬→刻）、第四句（縹→飄）〉がある。
　西川寧氏の『完白山人詩文』には�Tのみが載せられ、�Uを載せていない。詩文の文字に異同〈�Tの第二句（崚→旄）、第六句（侍→視）〉がある。出典は、謝堃『蘭言集』とある。
　穆孝天・許佳瓊の両氏による『�ｹ石如研究資料』（第三編　�ｹ石如著述、第一章　詩存）の第一九題に�T・�Uを載せるが、詩題の添え書きに「庚戌歳六月。入都門作。」とあり六月の作詩とする。詩文の文字に異同〈�Tの第二句（猨→猿）、第四句（脚→足）、第六句（侍→視）、第七句（尊嚴→山靈）　�Uの第七句（遊→游）〉があるが、典拠を明記していない。注記として、『�ｹ氏宗譜』には�Tの第七句の山靈を尊嚴にするとしている。
　高畑常信氏による「�ｹ石如の詩について」（『�ｹ石如の書と篆刻』所収）�Bの第三題に�T・�Uを載せ、訓読と大意を付している。

�@純廟は、乾隆帝（高宗）の諡。聖誕は、康熙五十年（１７１１）八月三十一日。
�A曹文植（？―１７９８）。字は近薇、号は竹虚。安徽省歙県の人。乾隆二十五年（１７６０）の進士、官は戸部尚書に至る。（『清史稿』『国朝耆献類徴』）
�Bほぼ同文が『書論』第２４号（１９８８）にも載せられるが、本稿では高畑氏の単行本にしたがって述べることにする。

Ｂ　七言律詩（二首）
（第二題）「観海。」（辛亥秋。游焦山作。）
�T：清秋特地訪僊寰。焦島茫茫江海關。高踞危巒憑日月。俯臨健鶻悚心顔。蜃精幻市疑無海。◆鬣分波忽有山。我欲乗桴泛寥廓。天風颯颯斗牛間。（◆ケイ／魚ﾍﾝ＋一田一田一、大修館『大漢和辞典』巻十二、番号４６５４０）
�U：晴雯漠漠水滔滔。獨立蒼茫氣意豪。呼吸風雲天萬里。奔騰日月浪周遭。游間物表盤孤鶴。奠壓洪波覊巨鼇。清夜月臨區宇静。照人塵世等鴻毛。

　詩題の添え書きにある「辛亥」は、乾隆五十六年（１７９１）�ｹ四十九歳にあたる。また「登焦山」の焦山は、江蘇省丹徒県の東（今の鎮江市の北）、長江の中にある小島。別に浮玉山ともいう。王羲之・蘇軾・文徴明・鄭燮らの石碑刻石がある。
　前同『完白山人詩文』には�Tのみが載せられ、�Uを載せていない。詩文の文字に異同はないが、詩題を「登焦山作。」としている。出典は、謝堃『蘭言集』とある。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第九題に�T・�Uを載せるが、詩題の添え書きに「丁未秋。登焦山作。」とあり丁未（乾隆五十二年　１７８７）�ｹ四十五歳の作詩とする。詩文の文字に異同〈�Tの第二句（焦島→江海・江海關→各一關）、第三句（憑→凭）、第四句（俯→頫）、第五句（精→樓）　�Uの第三句（呼吸→嘑歙）、第四句（日月→烏兔）、第六句（覇臣鼇→挺巨鰲）、第七句（月臨→名月・靜→淨）〉があるが、典拠を明記していない。注記として、『白麟�ｹ氏宗譜』には�Tの第六句の◆鬣を鯨鬣にするとしている。（◆ケイ／魚ﾍﾝ＋一田一田一、大修館『大漢和辞典』巻十二、番号４６５４０）

　前同「�ｹ石如の詩について」（前同）の第二題に�Tのみを載せ、訓読と大意を付している。

Ｃ　七言律詩
（第三題）「重寓京口江樓。」
天涯海角倦漂零。京口江樓笈又停。檻外濤翻千頃白。尊前鬚拂一鐙青。因之此地堪杯酒。何用旁人識醉醒。山上梅花山下路。月明風露幾廻経。

　詩題にある「重寓京口江樓。」の京口は、今の江蘇省鎮江県、古名は丹徒といった。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第六八題に載せる。詩題を「京口寓中。」とする。詩文の文字に異同〈第四句（鐙→燈）、第六句（旁→傍）、第八句（廻→曾）〉があるが、典拠を明記していない。

Ｄ　七言律詩
（第四題）「月當頭夕眺京口江樓。」
危樓高聳豁雙眸。倒海波濤滾白漚。是水是天光一片。今年今夕月當頭。螺浮��瀣疑三島。玉立嵯峨認五州。萬點蒼山茅屋小。凭欄不禁使人愁。

　詩題にある「月當頭夕眺京口江樓。」の京口は、Ｃ　七言律詩（第三題）「重寓京口江樓。」の本文参照。
　この詩は、本件を揮毫する四年前にあたる戊申（乾隆五十三年　１７８８）�ｹ四十六歳の仲冬の時に書いた行草書立幅（本紙113.2×58.4cm）�@の作例がある。作品は、謙慎書道会主催『中国書法名品展図録』（２０００）に写真掲載されている。作品款文には詩題を「望夕觀化樓夜眺。」としている。詩文の文字に異同〈第二句（倒→接・鴎→漚）がある。款文には「古琰�ｹ石如未定稿。」とあることから、作詩後間まもない時期の書作と思われる。�ｹ四十六歳の秋から冬にかけては、書作３件・刻印６件が確認できる。作品款文から、蘭泉先生（畢夢熊�A）・詠亭先生（葉天賜�B）・朱草詩林主人（不詳）・両峯子（羅聘�C）・孔雩谷（不詳）・覚非盦主（顧堃�D）との交流が知られる。両峯子は、画家として著名な羅聘である。羅聘には『�ｹ石如登岱図』軸（本紙83×51cm）�Eがある。『登岱図』軸の款文「揚州羅聘寫。」のあとに捺される款印「寫眞不皃尋常人」印は�ｹの刻印である。この時、羅聘五十六歳にあたる�F。
　前同『完白山人詩文』に載せる詩である。詩文の文字に異同〈第八句（凭→憑）〉がある。出典は、謝堃『蘭言集』とある。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第七一題に載せる。詩題を「京口寓中。」とする。詩文の文字に異同〈第二句（倒→到）、第六句（州→洲）〉があるが、典拠を明記していない。
　前同「�ｹ石如の詩について」（前同）の第五題に載せ、訓読と大意を付している。

�@本件は、拙稿「�ｹ石如（有紀年）作品目録」（『大東書道研究』第７号（１９９９）大東文化大学書道研究所　所収）には収録されていない新資料である。
�A畢夢熊（生卒不詳）。字は庶男、号は蘭泉。江蘇省鎮江の人、丹徒の諸生。（『清画家詩史』『京江耆旧集』）
�B葉天賜（生卒不詳）。字は孔章、号は詠亭。もと安徽省歙県の人、のちに江都（江蘇省揚州）に移籍する。（『広陵詩事』『揚州画舫録』）
�C羅聘（１７３３―１７９９）。字は遯夫、号は両峯。江蘇省揚州の人。金農に師事する画えおよくする、揚州八怪の一人。（『墨香居画識』『安徽通誌』『桐陰論画』『墨林今話』）
�D顧堃（１７４０―１８１１）。字は尭峻、号は思亭。江蘇省長州の人。挙人。著に『覚非庵筆記』『乃吾廬詩』がある。（『中国人名大辞典』『清代碑伝文通検』）
�E作品は、『�ｹ石如書法選集』文物出版社に写真掲載されている。
�F「寫眞不皃尋常人」印の款文には「余與兩峯遇於京師。兩峯爲余作登岱圖。因作此篆以報之。」とあり、羅聘『登岱図』と�ｹ「寫眞不皃尋常人」印を交換して墨縁を結んだことが記される。

Ｅ　七言律詩
（第五題）「登北固樓。」
飛甍複閣壓奔流。宇内江山第一洲。天子六龍城北顧。神僊三島海東頭。雲開鐵甕迎朝日。風落金鼇泊釣舟。古往今來多少事。不堪杯酒獨登樓。

　詩題にある「登北固樓。」の北固は、江蘇省丹徒県の北にある北固山のこと。金山・焦山（前出）とともに京口三山という。梁の武帝が登山した際に、京口の壮観として、名を北顧と改めた故事がある。龍王廟・北顧亭がある。
　この詩は、本件を揮毫する四年前にあたる戊申（乾隆五十三年　１７８８）�ｹ四十六歳の長至後一日の時に蘭泉先生�@のために書かれた行草書立幅（128.5×33cm　�ｂS６―２）の作例がある。作品は、『�ｹ石如書法選集』（文物出版社）・『書道藝術』第十巻（中央公論社）に写真掲載されている。一九六三年当時、周培源氏の収蔵品である。この立幅には、「登京口樓。」と題されているが、本件では「登北固樓。」に改められている。
　前同『完白山人詩文』に載せる詩である。詩文の文字に異同〈第二句（宇内→天下）・第三句（六龍→江山）・第六句（鼇→鰲）〉がある。詩題は「戊申秋日登北固樓作。」としている。これによって�ｹ四十六歳の秋の朗詠であることがわかる。出典は、黄賓虹先生所蔵行書墨跡とある。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第四一題に載せる。詩文の文字に異同〈第二句（内→宙・洲→州）〉があるが、典拠を明記していない。
　前同「�ｹ石如の詩について」（前同）の第四題に載せ、訓読と大意を付している。

�@Ｄ　七言律詩（第四題）「月當頭夕眺京口江樓。」の注�@参照。

Ｆ　七言律詩（二首）
（第六題）「大観亭和西泠女史小卿幼卿題壁詩。」
�T：古墓祠亭豁大觀。何來飛燕倚雕欄。春花春柳凝嬌睇。江水江風颭暮寒。十二峰雲迷楚岫。（時往楚中省親。）三千里夢繞臨安。新題一帋留虚壁。多少登臨屬和難。
�U：雲水偕遊影不寒。珊珊皖上値春残。雖乗綵鷁迎風去。欲遣青鸞爲探看。弱病多應憶征侶。嬌愁強半寄江干。天涯我亦癡情者。一枕卿卿蝶夢闌。

　この詩は、大観亭において西泠女史小卿（不詳）と幼卿（不詳）によって朗詠された壁に題するの詩に、�ｹが和韻唱和したものである。
　この詩による書作は、本件が書かれる以前である�ｹ四十七歳（乾隆五十四年　１７８９）の時に、瀟灑斎において書いた行書冊頁（�ｂS７―１）の作例がある。作品は、稿者の収集資料である中国で刊行されたと思われる影印本がある。これには奥付がなく、出版状況は不明である。
　なお、本件の詩題には小卿と幼卿とするが、行書冊頁（�ｂS７―１）では幼卿を右卿としている。幼は北京語発音でyouまたはyao、右はyouであるので同音による錯覚か、備忘手控えの書き違いと思われる。記録が朗詠の直後であること、また内容が詳細であることなどから行書冊頁（�ｂS７―１）にある小卿と幼卿が正しいと考えられる。
　この詩は、前同『完白山人詩文』にも載せられるが影印本と順番を異にして、前跋・�ｹの詩（二首）・後跋・小卿の詩・右卿の詩の順である。これは西川氏が�ｹ詩を中心にするために順番を変えたとも考えられる。なお出典として「小長蘆館集帖所載」と注記があることから『小長蘆館集帖』�Aに従ったものとも考えられるが、この帖について稿者は未見である。また『完白山人詩文』に載せる詩文の文字に異同〈�Uの第一句（遊→淤）・第二句（珊珊→雙飛）〉がある。詩題は「和大観亭西泠女史題壁詩（并序）。」としている。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第七一題に載せる。詩題を「和大觀亭西泠女史題壁詩。（并序。）」として行書冊頁（�ｂS７―１）の詩題と同じである。詩文の文字に異同〈�Uの第三句（綵→彩）、第五句（應→困）〉があるが、典拠を明記していない。注記として、小卿詩（次の段落に紹介する。）にある「那堪分涙寄長安。」の句にある添え書き「自注有伯兄官關中。」を記していることから、行書冊頁（�ｂS７―１）からの引用と思われる。このことから詩文の文字にある異同は転写の誤りと思われる。
　前同「�ｹ石如の詩について」（前同）の第六題に�T・�Uを載せ、訓読と大意を付している。

　この詩の朗詠の状況は行書冊頁（�ｂS７―１）の前跋に詳しい。参考のため以下に全文を示す。〈　〉は、稿者注。
行書冊頁（�ｂS７―１）「和大觀亭西泠女史題壁詩。（并序。）」
〈前跋〉
己酉冬。從田間來皖。徐子蘭坡。榻余於石麟堂之東塾。寒夜。蘭坡偶持一箋相示。且屬和之爲言。戊申春暮。有西泠女史小卿。挈妹右卿。泊舟皖口。題詩大観亭壁。原藁。徐爲遊人掲去。廟僧録其所作。傳示皖人。屬而和者甚夥。展讀一過。於時酒闌鐙◆。不禁神往。臥不成夢。爰序於其端。詩云。（◆タ／火ﾍﾝ＋ト也、大修館『大漢和辞典』巻七、番号１８９４４）
〈小卿の詩〉
入楚才逢此壮観。春雲樹杪見朱欄。空亭啼鳥山花早。古殿無人暮雨寒。正苦浮家弔湘水。那堪分涙寄長安。（自注有伯兄官關中）小喬況復愁欹枕。毎憶登臨放眼難。（小卿）
〈右卿の詩〉
晩泊蓬莱江上寒。空亭姻樹雨初残。今朝萬壑雲中見。昨日孤舟天際看。小病支離空悵望。何時風月倚欄干。片帆西去重回首。寄語青山興未闌。（右卿）
〈�ｹの詩（二首）〉
古墓祠亭豁大觀。何來飛燕倚雕欄。春花春柳凝嬌睇。江水江風颭暮寒。十二峰雲迷楚岫。三千里夢繞臨安。新題一帋留虚壁。多少登臨屬和難。
雲水偕游影不寒。雙飛皖上値春残。雖乗綵鷁迎風去。欲遣青鸞爲探看。弱病多應憶征侶。嬌愁強半寄江干。天涯我亦癡情者。一枕卿卿蝶夢闌。（右和原韻。）
〈後跋〉
乃有苧羅邨畔。西子湖邊。六橋麗質。越國佳人。春風三月。楊柳千層。星言夙駕。詣彼湘靈。儼征帆於江路。訪淑景於高亭。兩點眉山。香痕可擬。一鉤羅襪。苔印猶存於是。姉乎才放。亭上凭欄。妹也情深。舟中支枕。望楚山之迢遞。目斷行雲。念故國之飄零。夢迷烟樹。彼矯此態。兩玉因依此。和彼吟。雙鶯宛轉。濤箋斑管。書付蒼頭。神偕馳於亭壁。心揺目眩。袖彼傖父。意逡巡而涎垂。瑤章普渡。竟傳我佛之徒。白雪難賡。殊愧彼姝者子。爰抒積愫、用歩後塵。適如嶺上白雲。代彼雲間青鳥。時申繾綣之意耳。
時研有餘墨。意不能盡。又復跋之。長至後十日。笈遊道人。脱稿於瀟灑齋中。

　使用款印には最末行に「�ｹ琰」白文印（§８）・「石如」白文印（§９）を使用している。稿者の調査によれば、「�ｹ琰」白文印（§８）は、�ｹ四十六歳から四十八歳の間の作品に使用されている。「石如」白文印（§９）、�ｹ四十六歳から四十九歳の間の作品に使用されている。前述のとおり本件の制作年は�ｹ四十七歳であり、稿者が調査した作品の押印使用期間と一致している。
　収蔵印には冒頭一行目下に「小書畫舫主珍蔵書畫印」朱文印・「徐氏蘭坡之玩」朱文印・「徐蘭坡蔵」朱文印が捺される。また十一行目下に「小書畫舫秘玩」朱文印が捺される。蘭坡（徐煒�@）は、前跋に登場する人物である。収蔵印があることから、はじめ徐煒の所蔵になったと思われる。
　影印本には、「和大観亭西泠女史題壁詩（并序）」に加えて、�ｹの自詠詩の七言絶句（三首）と五言絶句（一首）を載せている。�ｹの詩作は専著がなく、作品からしか確認できず非常に少ない�Bことから、併せて以下に記すことにする。
七言絶句（三首）
「南淮題帕詩。作已十五年矣。憶呈一笑。」
�T：青樓未必盡嬌兒。况屬卿年二八時。荊布衫裳眉淡□。可憐全不用臙脂。
�U：海誓山盟莫浪言。行雲行雨蹔流連。盈奩脂粉慵調用。錯過芳時悔暮年。
�V：南淮我蹔作豪遊。明日帆揚一葉舟。聊釋客愁題爾帕。儂儂原不□風流。
五言絶句（一首）
「意盡前詩中。不須縷述。余行時。此兒竟挽手相送。一市皆咲之。勉占二十字以慰其意。」
携手一爲別。相思淮水長。征帆天際去。雲樹鬱蒼蒼。

　使用款印には最末行に「石如」印（§９）白文印を使用している。稿者の調査によれば、「石如」白文印（§９）、�ｹ四十六歳から四十九歳の間の作品に使用されている。このことから�ｹ四十六歳から四十九歳の間の書作と推定される。
　これに続いて楊沂孫�Cの跋文五行がある�D。これに拠れば、同治壬申（１８７２）の年に劉文翁の書斎を訪れた時に示された冊本である。この時、楊沂孫六十歳にあたる。

�@徐煒（生卒不詳）。字は彤生、号は蘭坡。
�A『小長蘆館集帖』は、容庚『叢帖目』四に厳信厚（字は小舫）『小長蘆館集字帖』四巻として載せられるが、�ｹの詩は挙げられていないことから、西川氏の参照本とは異なると思われる。
�B西川寧『完白山人詩文』には、完白山人詩存として五言律詩（五題五首）・五言絶句（二題二首）・七言律詩（十二題十三首）・七言絶句（三題三首）・盈聯一を載せるが、わずかに詩二十三首にとどまる。また西川氏には別に『完白山人詩文』として題跋十一則・与姪書・上樊群伯索鶴啓を輯めている。
�C楊沂孫（１８１３―１８８４）、字は詠春、号は子與。江蘇省常熟の人。道光二十三年（１８４３）の挙人、官は鳳陽知府に至る。篆書・隷書、刻印をよくする。（『広印人伝』『昭代尺牘小伝続集』『清朝書画家筆録』）
�D楊沂孫跋文―同治壬申端午。出鳩江。過劉文翁書齋。出示此冊。完白筆墨固佳。亦大觀亭韻事之可傳者。余故慫惥文翁鐫石。以貽亭中俾。近日輯志乗者采焉。虞椒楊沂孫記　「吉羊止止室」朱文印

Ｇ　七言律詩（二首）
（第七題）「登黄鶴樓。」
�T：江邊傑立此名樓。乗興東來豁醉眸。三峡波濤天半落。九疑雲物望中浮。平以白捲梅花水。芳樹青圍杜若洲。正是春陽好風日。鶯華無際楚江頭。
�U：跨鶴僊人此駐蹤。江天城郭影重重。鄂王宮圯苔華漫。神女臺荒草樹封。日暮千帆估客艣。生涯雙屐水雲筇。當年玉篴吹闌後。江漢青來有數峰。

　詩題の「登黄鶴樓。」にある黄鶴樓は、武漢（湖北省）の蛇山に呉（三国時代）の黄武二年（２２３）の時に建てられた。のち十度の建て替えを経て清の光緒十年（１８８４）に焼失し、現在の楼は１９８５年に再建されたものである。歴代の文人による黄鶴樓での詠詩は、非常に多い。
　前同『完白山人詩文』に載せる詩である。�Tのみを載せて、�Uは載せていない。詩文の文字に異同〈第五句（平以→晴川・捲→颭）〉がある。出典は、謝堃『蘭言集』とある。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第二二題に�T・�Uを載せるが、詩題の添え書きに「壬子春作。」とあり壬子（乾隆五十七年　１７９２）�ｹ五十歳の作詩とする。詩文の文字に異同〈�Tの第五句（捲→巻）、第七句（春陽→陽春）、第八句（鶯→鸎）　�Uの第五句（估→呉・艣→櫓）、第七句（篴→笛・後→處）〉があるが、典拠を明記していない。注記として、『�ｹ氏宗譜』には�Uの第三句の鄂王を楚王に、また第五句の呉客櫓を呉客櫓にするとしている。
　前同「�ｹ石如の詩について」（前同）の第八題に�Tのみを載せ、訓読と大意を付している。

Ｈ　七言律詩
（第八題）「和畢制軍黄鶴樓詩。」
磯邊鵠去蘚蒼蒼。磯上飛樓金碧光。丹磴跡留僊費老。滄流績仰夏先王。寰中歳月濤頭白。檻外風沙鶴背黄。玉篴一聲江漢暁。平頒春色徧遐荒。

　この詩は、時の大官である畢制軍（畢沅�@）によって朗詠された「黄鶴樓詩」に�ｹが和韻唱和したものである。畢沅と�ｹの交流は、本件の跋文に書かれる香泉先生つまりは孫雲桂によって書かれた『完白山人伝』に、辛壬の間（乾隆五十六年〜五十七年　１７９１〜９２）に畢沅の幕府での出逢いが年月を明確にして記される。時に畢六十二から六十三歳にあたり、湖広総督に就任した乾隆五十三年（１７８８）から三年後のことである。また、包世臣『完白山人伝』に詳記されるが、年月を明らかにしていない。孫雲桂については、後に詳述する。また、黄鶴樓については、Ｇ　七言律詩（第七題）「登黄鶴樓。」の本文参照。
　この詩は、本件のほかに�ｹ五十歳（乾隆五十七年　１７９２）の隷書立幅（�ｂT０―１）、ついで�ｹの晩年にあたる六十歳から六十二歳の頃と推定される隷書立幅の二件が確認できる。
　本件とほぼ同時期と思われる�ｹ五十歳（乾隆五十七年　１７９２）の嘉平（十二月）の時に龍山樵舎において書いた隷書立幅（�ｂT０―１）の作例は、『�ｹ石如隷書集』（台北　学海出版社）に写真掲載されている。この立幅には、「登黄鶴楼。和畢制府韻。」と題款されている。詩文の文字に異同〈第三句（跡→迹）〉がある。本件の款文には長至�A前二日とあり冬至の前二日で、本件と隷書立幅（�ｂT０―１）はほぼ同時期の作例である。
　また、紀年は無いが隷書立幅（本紙239.9×114.7cm）の作例が、『�ｹ石如書法選集』（文物出版社）に写真掲載される。一九六三年当時、上海博物館の蔵品である。この立幅には、「奉和畢秋帆制府登黄鶴楼詩。」と題款されている。使用款印には引首印として「笈游道人」朱文印（§１９）を用い、「石如」白文印（§３０）・「完白山人」朱文印（§２３）を使用している。「笈游道人」朱文印（§１９）は�ｹ五十五から六十二歳の使用であり、「石如」白文印（§３０）六十から六十三歳の使用であり、「完白山人」朱文印（§２３）五十七から六十三歳の使用であることから、�ｹの晩年にあたる六十歳から六十二歳の頃に書かれたものと推定され前の二作品から十年ほどを経た書作である。詩文の文字に異同〈第三句（跡→蹟）・第四句（仰→著）〉がある。
　前同『完白山人詩文』に載せる詩である。詩文の文字に異同〈第三句（跡→迹）〉があり、隷書立幅（�ｂT０―１）の作例と同様である。詩題は「登黄鶴樓和畢制府韻。壬子嘉平於龍山樵舎呵凍脱稿。」としている。出典は、富岡桃華先生旧蔵分書墨跡また謝堃『蘭言集』とある。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第三一題に載せる。詩題を「和畢秋帆制府黄鶴樓詩。」とする。詩文の文字に異同〈第三句（磴跡→蹬迹）、第四句（仰→著）、第七句（篴→笛）、第八句（徧→遍）〉があるが、典拠を明記していない。注記として、『�ｹ氏宗譜』には第三句の丹磴を鄂渚に、また第四句の滄流を内方にするとしている。
　前同「�ｹ石如の詩について」（前同）の第七題に載せ、訓読と大意を付している。

�@畢沅（１７３０―１７９７）。字は纕蘅（湘蘅）また秋帆、号は霊巌山人。江蘇省鎮洋の人。乾隆二十五年（１７６０）の進士、官は湖広総督に至る。編著に『河間書駕録』『両浙金石誌』『霊巌山人集』『経訓堂法帖』がある。（『清画録』『呉門画史』『清人学者象伝』）
�A長至は、夏至または冬至をさす。本件款文に呵凍とあることから冬至をさすものと考えられる。

Ｉ　七言律詩
（第九題）「和漢皋汪篔壑秀才黄鶴樓詩。」
雄樓百尺綺聰開。呑吐風濤入望來。隔岸千檣烟樹合。摩空一鶴水雲隈。去來遊客頻頻老。今古江流滾滾催。横篴數聲天地濶。陽春歌罷落江梅。

　この詩は、漢皋の汪篔壑（不詳）秀才によって朗詠された「鶴樓詩」に�ｹが和韻唱和したものである。また、黄鶴樓については、Ｇ　七言律詩（第七題）「登黄鶴樓。」の本文参照。
　前同『完白山人詩文』に載せる詩である。詩文の文字に異同はない。詩題は「和漢皐友人黄鶴樓詩。」としている。出典は、河井荃廬先生蔵行書墨跡とある。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第一六題に載せる。詩題を「和漢皐友人黄鶴樓詩。」とする。詩文の文字に異同〈第一句（聰→窻）、第五句（遊→游）、第七句（篴→笛）〉があるが、典拠を明記していない。注記として、『白麟�ｹ氏宗譜』には「又次己酉元日登黄鶴樓前韵」とあることから作詩の時期を己酉（乾隆五十四年　１７８９）�ｹ四十七歳とする。また『�ｹ氏宗譜』には第三句の千檣を千帆にするとしている。
　前同「�ｹ石如の詩について」（前同）の第九題に載せ、訓読と大意を付している。

Ｊ　七言律詩
（第十題）「和呉門孫香泉岳陽樓詩。」
濤光揺碧憾洪荒。樓瞰全湖咽暮蒼。白浸巴陵晴漠漠。青霾湘樹晝
茫茫。遥山十二巫峰小。澤國三千客路長。冠剣登臨澂勝概。（時從制軍閲兵於此。）魚書時寄水雲郷。

　詩題の「和呉門孫香泉岳陽樓詩。」にある孫香泉は、本件の後跋款文にかかれる孫雲桂その人であり、香泉は、その号である。この詩は、孫によって朗詠された「岳陽樓詩」に�ｹが和韻唱和したものである。孫雲桂については、後に詳述する。
　紀年は無いが綺石三兄先生（不詳）のために書いた行草書扇面の作例が、『款識叢例』（省心書房）に写真掲載されている。使用款印には「�ｹ石如」白文印（§１６）を使用している。「�ｹ石如」白文印（§１６）は�ｹ五十五歳の使用であることから、�ｹ五十五歳の頃の書作と推定される。本件の揮毫から五年ほどを経たのちのものと考えられる。詩文の文字に異同はないが、署名のみで本件に添え書きされた「時從制軍閲兵於此。」はない。
　また、紀年は無いが行草書立幅（本紙138×43.5cm）の作例が、『�ｹ石如書法選集』（文物出版社）に写真掲載されている。一九六三年当時、周培源氏の収蔵品である。この立幅には、「和畢秋帆岳陽楼詩。」と題されている。前述した通り、この詩は孫の朗詠になる「岳陽樓詩」に�ｹが和韻唱和したもので畢秋帆（畢沅�@）の「岳陽楼詩」に和韻唱和したものでないことは明らかである。�ｹの記憶違いか、作詩の手控えに誤りがあると思われる。使用款印には「�ｹ石如」白文印（§２７）・「頑伯」白文印（§２８）を使用している。「�ｹ石如」白文印（§２７）は�ｹ五十九から六十二歳の使用であり、「頑伯」白文印（§２８）は五十九から六十二歳の使用であることから、�ｹの晩年にあたる五十九歳から六十二歳の頃に書かれたものと推定され本件の揮毫から十年ほどを経た書作である。前の行草書扇面と同様に詩文の文字に異同はないが、本件に添え書きされた「時從制軍閲兵於此。」はない。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第二六題に載せる。詩題を「和畢秋帆岳陽楼詩。」として前述の周培源氏蔵の行草書立幅と同じである。詩文の文字に異同〈第四句（晝→盡）〉があるが、典拠を明記していない。注記として、作詩の時期を１７９２年（乾隆五十四年）�ｹ五十歳とするが、これについても典拠を明記していない。
　前同「�ｹ石如の詩について」（前同）の第十題に載せ、訓読と大意を付している。

�@Ｈ　七言律詩（第八題）「和畢制軍黄鶴樓詩。」の注�@参照。

Ｋ　七言律詩（二首）
（第十一題）「遵韻擬繍佛庵主鄂城感。賦二長律。」（爲畢制軍妹）
�T：雍豫甘棠迹已陳。楚天雲物一番新。韜鈴節鉞聲聞粛。経緯官寮治術神。峴首襟懐希長者。南樓風月謝伊人。漫誇詩勝崔黄鶴。珍重皇家股肱身。
�U：爲遣孫枝曳敝輪。郷關廻首一悽神。同胞兄妹情偏切。繞膝芝蘭趣最眞。江漢勒銘猶有石。旂常著績更何人。公餘検點調羹事。江上梅花踞早春。

　この詩は、繍佛庵主によって詠詩された「鄂城感賦」二長律に�ｹが和韻唱和したものである。詩題の添え書きによれば、繍佛庵主は畢制軍（畢沅�@）の妹である。鄂城は、湖北省武昌県の東南。春秋の楚の鄂王の旧都。また、黄鶴樓については、Ｇ　七言律詩（第七題）「登黄鶴樓。」の本文参照。

�@Ｈ　七言律詩（第八題）「和畢制軍黄鶴樓詩。」の注�@参照。

Ｌ　五言律詩（二首）
（第十二題）「劉純齋觀察於鄂城。借園重脩禊事。余適與會因賦二律。」
�T：我行書一束。江漢作間遊。落日満江水。春風萬古樓。佳辰逢上巳。長揖識荊州。比際蘭亭曲。流觴仍舊否。
�U：勝事不可再。相期継永和。風塵良會少。詩酒客情多。頫仰踵陳迹。依稀舊薜蘿。呼童燒高燭。莫惜醉顔酡。

　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第二九題に載せる。詩題を「壬子上巳。純齋觀察劉公重修禊事武昌借園。余亦與會。因賦二章。」とする。詩文の文字に異同〈�Tの第二句（間遊→閑游）、第三句（満江水→一杯酒）　�Uの第一句（勝→盛）、第五句（踵→重）、第七句（燒→剪）〉があるが、典拠を明記していない。注記として、作詩の時期を１７９２年（乾隆五十七年）�ｹ五十歳とするが、詩題にある壬子上巳に拠ったものであろう。また、黄鶴樓については、Ｇ　七言律詩（第七題）「登黄鶴樓。」の本文参照。

Ｍ　五言律詩
（第十三題）「登黄鶴樓。」
翹首高雯浄。披襟遂勝遊。雲山三楚濶。風月五湖秋。鸚◆洲邊棹。梅花水上鷗。何人控黄鶴。白占此江樓。（◆ブ／母ﾍﾝ＋鳥、大修館『大漢和辞典』巻十二、番号４６８１０）

　黄鶴樓については、Ｇ　七言律詩（第七題）「登黄鶴樓。」の本文参照。

Ｎ　七言絶句（二首）
（第十四題）「和繍佛盦主題姪媛智珠畫菊詩。」
�T：繍幄香銷筆陣収。西風颯颯満秦樓。籬邊取次黄花發。班管重描爛漫秋。
�U：澧蘭湘芒逐幽攀。閨閣才華贈往還。畫意詩情渾艶逸。白雲紅樹漫秋山。

　この詩は、繍佛庵主によって姪媛の智珠の「畫菊」に題された詩に�ｹが和韻唱和したものである。繍佛庵主は、畢沅の妹である。�@

�@Ｋ　七言律詩（第十一題）「遵韻擬繍佛庵主鄂城感。賦二長律。」の本文参照。

Ｏ　七言絶句（二首）
（第十五題）「和畢制軍題智珠賢媛畫菊詩。」
�T：簇簇金英香艶浮。繪來帋上十分秋。丹青不盡敷顔色。意在承歓兩白頭。（時制軍同繍佛庵主。／年倶六旬餘矣。繪者具斯意歟。／畫仿南田翁筆意内装有雙花。故白之。）
�U：犀脊山前有薄田。黄花一度一依然。珊珊羨爾凌霜意。松竹交榮節竝堅。

　この詩は、畢制軍（畢沅）によって智珠賢媛の「畫菊」に題された詩に�ｹが和韻唱和したものである。智珠（不詳）は、Ｎ　七言絶句（第十四題）「和繍佛盦主題姪媛智珠畫菊詩。」にある人物である。

Ｐ　七言絶句
（第十六題）「題張燮堂所繪暮日蒼山圖照。」
千古奇懐執與同。穀城黄石繼高風。踪留五嶽歸來晩。（自云。徧遊五岳。今年已七十矣。）赤白蒼山一燮翁。

　この詩は、張燮堂（不詳）に画かれた「暮日蒼山圖照」に題したもの。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第五一題に三首を載せる中の一つ（第二首）である。詩題を「題隠士小照。」とする。詩文の文字に異同〈第一句（執→孰）、第二句（穀→谷・繼→寄）、第四句（白→日）〉があるが、典拠を明記していない。

　参考として第五一題に載せられた、他の二首（第一首・第三首）を記す。
尺幅圖成靜者居。軒前古木案前書。個人風度清如許。斗室悠然任巻舒。（第一首）
開巻斯須識得眞。眼前身即畫中身。北窻若更能高臥。便是羲皇以上人。（第三首）

Ｑ　五言絶句（二首）
（第十七題）「又題其花下對佛圖巻。」
�T：修竹數竿緑。山花紅四時。棲心伴麋鹿。相與共襟期。
�U：蒲團翻貝葉。蓄髪一頭陀。老大疎人事。鬚眉寄薜蘿。

　この詩は、「其花下對佛圖巻」に再題されたもの。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第六〇題に載せる。詩題を「題花下對佛圖。」とする。詩文の文字に異同〈�Uの第四句（奇→寄）〉があるが、典拠を明記していない。

Ｒ　五言絶句（三首）
（第十八題）「銘拙園中看秋色。因贈劉景姚丈。」
�T：竟日意無�ｮ。秋風凋薜蘿。到來塵俗絶。爲碩人之◆。（◆カ／廾ｶﾝﾑﾘ＋過、大修館『大漢和辞典』巻九、番号３２１１６）
�U：自怡安用夥。秋色幾株看。何事園亭裏。珊珊満薬欄。
�V：清臞行共鶴。古貌照幽襟。不鄙漁樵迹。相期結素心。

　この詩は、拙園において秋色を看て銘したもの。劉景姚丈（不詳）に贈られた。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第三五題に載せる。詩題を「銘拙園中看秋色。因贈主人。」とする。詩文の文字に異同〈�Tの第一句（竟→鎭）　�Uの第四句（薬欄→葯欗）〉があるが、典拠を明記していない。注記として１７９３年（乾隆五十八年）�ｹ五十一歳のとき、武昌にあって徐嘉穀にあてた手紙に「來此坐食無事。」、また「竟日意無�ｮ。」の句があることから、この時の作詩であろうとする。

Ｓ　五言絶句
（第十九題）「鄂城送祝瑤坡參軍歸崇明。」
玉篴梅華月。金尊鄂渚樓。行旌共江水。同是向東流。

　この詩は、鄂城（湖北省武昌県）にて祝瑤坡參軍（不詳）が崇明（江蘇省揚子江河口）に歸るのを送るのに際しての詠詩である。
　詩は、本件のほか�ｹの壮年期にあたる五十五歳の頃と推定される行草書立が確認できる。
　紀年は無いが達斎三兄のために書いた行草書立幅（本紙寸法不詳）の作例が、『金石家書画集』第二集（西泠印社）に写真掲載される。一九三五年当時、袁帥南氏の蔵品である。この立幅には、「鄂城送祝參軍歸崇明之作。」と題されている。使用款印には引首印として「家在龍山鳳水」朱文印（§１４）を用い、「石如」朱文印（§１３）・「�ｹ氏完白」白文印（§１８）を使用している。「家在龍山鳳水」朱文印（§１４）は�ｹ五十から五十九歳の使用であり、「石如」朱文印（§１３）四十九から五十五歳の使用であり、「�ｹ氏完白」白文印（§１８）五十五から五十八歳の使用であることから、�ｹの壮年期にあたる五十五歳の頃に書かれたものと推定され本件が揮毫された時から五年ほどを経た書作である。詩文の文字に異同はない。
　前同『完白山人詩文』に載せる詩である。詩文の文字に異同〈第三句（共→空）〉がある。詩題は五十五歳の頃に推定される行草書立幅と同じ「鄂城送祝參軍歸崇明之作。」としている。出典は、『名人書画全集』所載墨跡とある。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第三七題に載せる。
　前同「�ｹ石如の詩について」（前同）の第十一題に載せ、訓読と大意を付している。

Ｔ　五言絶句（二首）
（第二十題）「有繪老翁撫酒罌者因戯題之。」
�T：何用日持觴。撫罌示酒意。劃然開醉顔。掀髥小天地。
�U：未識酒中趣。居然稱酒星。杯酌沈沈者。斯翁眼不青。

　この詩は、老翁が酒罌を撫する絵に因って戯題した詠詩である。

Ｕ　七言絶句（四首）
（第二十一題）「桃源行四章。呉門孫香泉作也。壬子夏。香泉以公事親至其境。而作此詩。是歳余在畢制府幕中寒夜寂坐偈。獲此詩卒爾和之以自娯。稿成而譙鼓已三敲矣。」
�T：先世非無負郭田。脱離湯火證眞僊。秦皇枉好長年術。祗向咸陽卜世年。
�U：重瞳隆準叛旗招。何日干戈判寂寥。鶏犬不驚風太古。長城不敵武陵橋。
�V：綸竿烟艇度春秋。底事漁即不少留。絶境肯教人更識。繽紛花片漫溪流。
�W：遄征荊域景蒼涼。迢遞吟鞭指夕陽。駐馬仙源瞻往蹟。問津人去幾滄桑。

　この詩は、呉門（江蘇省呉県）の孫香泉（雲桂）による「桃源行」（四章）の詩に�ｹが和韻唱和したものである。「桃源行」は、壬子（乾隆五十七年　１７９２）の夏に、香泉が公事のために自ら其の境（桃源）に至ったときに作った詩である。この歳、�ｹは畢制府（畢沅）の幕中にあって寒夜寂坐して偈（憩うこと）していたが、此の詩（「桃源行」）をえると卒爾として、この詩に唱和朗詠して自ら娯しんだ。稿ができたがなお三敲をくわえたものである。
　本件は�ｹ五十歳にあたる壬子（乾隆五十七年　１７９２）長至前二日（十二月二十・二十一日ころ）に揮毫された。孫の「桃源行」は同じ年の半年前の夏のことである。
　前同『�ｹ石如研究資料』（前同）の第三〇題に載せる。詩題を「和呉門孫香泉桃源行詩。」とする。詩文の文字に異同〈�Tの第一句（非無負郭→曾經守薄）、第二句（脱離湯→爲逃水・眞→逋）　�Uの第二句（判→堪）　�Vの第二句（即→郎）　�Wの第三句（駐→拍・瞻往蹟→橋上望）〉があるが、典拠を明記していない。


３　�ｹ石如詩稿冊の款文
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　款文は、本文に続いて第十二面三行目より書かれる。六行目には、款印の「�ｹ琰」印と「石如」印が押される。款印の使用年については、第一章ですでに述べた。以下に、その款文を記す。
壬子長至前二日呵凍。録近作。并和尊作數詩。倶已脱藁於冊矣。均不另款（絖上）。香泉先生教之。古皖石如弟�ｹ琰拝手。

　壬子長至前二日は、乾隆五十七年（１７９２）�ｹ石如五十歳にあたる。長至は、夏至または冬至をいうが呵凍とあることから、冬至の二日前の書である。
　款文中に「和尊作數詩。」とあるが、詩稿冊中の二十一題三十六首のうち、
Ｊ　七言律詩
（第十題）「和呉門孫香泉岳陽樓詩。」
Ｕ　七言絶句（四首）
（第二十一題）「桃源行四章。呉門孫香泉作也。壬子夏。香泉以公事親至其境。而作此詩。是歳余在畢制府幕中寒夜寂坐偈。獲此詩卒爾和之以自娯。稿成而譙鼓已三敲矣。」
の計二題五首が該当する。
　また、款文中に「均不另款。」とあるのは、詩稿冊中の最後にあるＵ　七言絶句―四首―（第二十一題）が、四首の詩を改行せずに書いたことを付言したものであろう。
　香泉先生は、孫雲桂のこと。香泉は、その号である。孫雲桂につては、のちの第五章で詳述する。


４　�ｹ石如詩稿冊の跋文
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　葛桐青は、字は伯甫という。名を資料に見ず、略歴は不詳である。
　葛桐青による跋文は、本文（全十二面）に続いて第十三面・第十四面にある。葛自身による筆跡が『中国書画名品展図録』謙慎書道会（２００１）に写真掲載されている。以下に、その全文を記す。（破線は、稿者による加筆。）

右頑伯先生手書詩冊。蓋在咸陽秋帆制府幕中時作也。按先生初名以恭避仁宗廟諱。故遂以字行而更字頑伯。又以居皖公山下號完白山人。少讀書好刻石。仿漢人印篆甚工。詩冠。即以刻石遊四方。在壽州。梁大令巘見其所作篆□及刻印。嘆曰此子未諳古法耳。筆勢渾古。余所不逮。他日獨歩。一時未可量也。因致書於梅孝廉。江寧梅氏自北宋以来収蔵秦漢金石佳榻。爲江左之冠。先生盡窺其秘。推索精究。窮雅俗之分。於上蔡嶧泰二山碑字及漢開母石闕燉煌太守國山及天發神讖等碑。臨摸各百本。又手寫説文解字二十本。以及鐘鼎瓦當碑額。靡不究覧。於是篆書成。而學漢分。臨史晨前後華山白石張遷碑各五十本。凡三年而分書成。先後客梅氏者八年學既成。徧遊名山大壑以書刻自給。於歙交金雲門脩撰。時武進張恵言編脩客雲門家。因見先生書。極心服從之。受篆法者一年。稱之於曹文敏公。因相偕入都。時□□精鍳別者陸耳山副憲稱首。而工書法則推劉文清公。二公偶見先生書。皆大驚曰。千數百年無此作矣。踵門求識面。一時爲之□貴未哉。因北平學士詆排。遂來装出長安。文敏爲致書於秋帆。宮保遊陝者三年。此詩蓋客陜者所録近稿。先生□以篆隷尤擅。而行楷如。劉文清公曹文敏公皆推爲國朝第一。良不虚也。所謂孫香泉者不知何許人。然既籍隷呉門當必有可考者也。余重先生之詩敬誦數過。并書數□於篇後云。時昭陽作噩之陽月。白琅私淑後學葛桐青伯甫。識於甬上榷廨之斯齋。

　葛桐青の跋文は、五一五字ある。これを読むと包世臣『完白山人伝』（嘉慶十一年　１８０６）の内容と一致した記載が多く見られる。稿者は、包『完白山人伝』と比較対校して同一の個所について前記の文章中に破線を付した。付した破線のうち一字ないし二字の個所があるが、これは前後途中の人名を包『完白山人伝』にある言葉を言い換えたもので文章の引用が明らかなものである。葛桐青の跋文中、包『完白山人伝』よりの引用個所は一九七字であった。このほか、すでに述べたとおり梁巘を梁大令に、梅鏐を梅孝廉に、金榜を金雲門に、陸錫熊を陸耳山に、翁方鋼を北平學士に、畢沅を秋帆にしていて、これらも包『完白山人伝』よりの引用と考えてよいものである。文章全体の四割以上を包『完白山人伝』に拠っている。
　葛桐青の跋文にみられる、指摘されるべき内容は孫香泉（桂雲）について人物を承知していなかったこと。葛自身が�ｹ詩を敬誦していたこと。葛による跋文の揮毫が昭陽作噩之陽月の時であること。葛桐青の字が、伯甫であること。跋文の揮毫の場所が甬上榷廨之斯齋であること。以上の五点である。
　昭陽作噩之陽月について、昭陽は十干の癸の異称、作噩は十二支の酉の異称、陽月は陰暦十月の異名である。このことから葛による跋文は癸酉の年であるが、葛桐青が人物不詳であることから、現時点での可能性として『詩稿冊』が書かれた乾隆五十七年（１７９２）以後を検討すると、嘉慶一八年（１８１３）・同治一二年（１８７３）・民国二二年（１９３３）・１９９３年が考えられる。
　白琅について、文意から判断すると地名と思われるが、『中国古今地名大辞典』（商務印書館）・『嘉慶重修一統志』（台湾商務印書館）に載せず不詳である。
　甬上榷廨之斯齋について、甬上は浙江省鄞県のこと。榷廨は、役所名には見当たらないが、榷は課税をいい廨は役所をいうことから、税務署を指すと思われる。関連として、清末には榷算司�@という官が設けられ、外務部に属し関税等を職掌していたことがあることも指摘しておく。もしこれに当たるとすれば、葛による跋文の揮毫は同治一二年（１８７３）がもっとも有力であろう。

�@『清国行政法汎論』（外務部）、榷算司、専掌関税・官船・国債・貨幣・郵便・本部及外国公使館経費之事務。


５　孫雲桂『完白山人伝』
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　孫雲桂（？―１７９２―？）、号は香泉といい、別号に妙香閣がある。長洲（江蘇省呉県）の人。官は、候選布政司理問に至る。著に、『妙香閣文稿』がある。以上は臧励和『中国人名大辞典』（１９２１　　商務印書館）の孫雲桂の条にもとづくが出典を明らかにしていない。
　孫雲桂と�ｹとのかかわりは、�ｹの伝記である『完白山人伝』の著者であることによって知られる。このこと以外についての交流は知られないものであったが、本件の作詩の内容によって詩の応酬があったこと、また本件の款によって本件が孫のために揮毫されたことが判った。
　�ｹの伝記には、
●『国朝書人輯畧』巻六（光緒戊申　１９０８　金陵刊本）
●『国朝書画家筆録』巻二（宣統三年　１９１１　文学山房印）
●『清史稿』巻五〇三　列伝二九〇　芸術二（民国十六年　１９２７印行）
●『清代学者象伝』巻四（民国十七年　１９２８　葉氏刊本）
●『国朝耆献類徴』（初篇）巻四四一（湘陰李氏板）
●『国朝先正事略』巻四四（上海中華書局　四部備要本）
などがあるが、いずれも�ｹと同時期に活躍した人物たちによる
●『完白山人伝』孫雲桂（真蹟影印　『�ｹ石如書法選集』　１９６３　文物出版社　所収）
●『�ｹ石如伝』呉育�@（『私艾斎文集』）
●『完白山人伝』包世臣�A（『芸舟双楫』巻六）
●『�ｹ完白先生墓表』方履籛�B（『萬善華室文稿』巻五）
●『石如�ｹ君墓志銘』李兆洛�C（真蹟影印　『�ｹ石如書法選集』　１９６３　文物出版社　所収／『養一斎文集』道光十二年・光緒十年）
●『完白山民伝』楊沂孫�D（『�ｹ石如印譜』　博雅斎／『�ｹ石如印譜』　１９９０　武漢古籍書店　所収）
に基づいたものである。
　以上の資料の成立時期を検討すると、孫雲桂『完白山人伝』は乾隆五十七年（１７９２）に書かれた。呉育『�ｹ石如伝』は嘉慶七年（１８０２）以後の数年に書かれた。包世臣『完白山人伝』は嘉慶十一年（１８０６）に書かれた。方履籛『�ｹ完白先生墓表』嘉慶二十年（１８１５）に書かれた。李兆洛『石如�ｹ君墓志銘』は道光五年（１８２５）以後の数年に書かれた。楊沂孫『完白山民伝』は光緒七年（１８８１）以前に書かれた。こうしたことから、孫雲桂『完白山人伝』は、最初に書かれた�ｹ五十歳のときのものであり、�ｹとの直接の交流もあるところから最も真実を伝えていると思われる。


　孫雲桂『完白山人伝』は、孫自筆による横巻が『�ｹ石如書法選集』文物出版社（１９６３）に写真掲載されている。以下に、その全文を記す。

余自與石如交情凡三變矣。初見君虬髥戟立。目光閃閃若電。心知其有異則敬之。繼聞其高自標許。出語必驚人。毎掀髯大言曰。�ｹ布衣篆書世豈有敵哉。其狂不可及則畏之。迨浹洽久。出肺肝相示。忘形骸精誠可貫金石。蓋古之任侠士也。則昵而愛之。辛壬間遇諸武昌弇山尚書幕府。君工書。嗜酒。篆刻饒古致。素以秦漢奇字傾動名公卿。曹竹墟尚書尤重之。酒酣落墨。睨其書自賛曰。何處譲氷斯。人求之則大喜。輒持以贈。弗可其意者。即貴介不能得片楮。性好奇山水。一筇一笠。肩襆被。日獨行百里。自號笈遊道人。嘗愛盧山真面目。裹餱糧腰橐同。蛇行◆掛。以登絶頂。糧盡餓八日。摘草木之實茹之。得不死。遊黄山。踏徧三十六峯。雲海奇幻。盡得其變。尤嗜黄山石。見秀詭者輒拾蔵之。累累盈兩巨嚢。擔而歸。足破肩腫。揚揚有喜色。其恠癖如此。又氣剛力健。能伏百人。嘗自言廿年前客楚止僧舎。僧故孱弱。有匪踞其寺。夜半匪叩門。僧應之緩。怒而捶僧。君披衣起救之。匪怒曰。若主之耳。氣若虎吼。君奮拳撃匪。中顱顴仆地。血如注。群匪奔君。君用手足分催之。若拉枯朽然。匪駭而逃。寺遂保。君被酒輒以自豪。家徒壁立。賣文以養妻子。雖饑驅而不義之物千金不盻也。儻所謂奇士非耶。夫士秉扶輿奇倔之氣。縱其所之往往能窮極其奇。然奇之甚者。造物又抑塞之。今君孤行一意。亦将困而老矣。奇之反爲庸。庸有二義。碌碌者庸也。坦坦者亦庸也。石如其歛若氣。虚若心。以求進乎聖賢中正之歸則奇也。而進于不奇之奇。斯神奇出矣。噫。以余愛石如之盛。而終之以規焉。交誼之篤至此。不又一變歟。序以贈之。君名琰。號石如。�ｹ其姓。懷寧人。乾隆五十有七年。重九後八日。長洲香泉孫雲桂著并書。（◆エン／犭ﾍﾝ＋員、大修館『大漢和辞典』巻七、番号２０５８５）

　ふつう伝記というのは、相手にたいする誉め言葉や、美辞で綴られているのが通常である。たとえ、あまり行状のよろしくない人物でも功績をある限り述べて、その徳を慕うのが通例だ。時には、麗言をつらねて、時には何を言っているのか読み手が理解に苦しむことさえある。しかし、ここに書かれる孫の文章は、そうではない。文章にある�ｹへの敬服や思慕を超える愛情は、ある種の並々ならぬ情熱で表現されている。
　文中において、孫は
　「出語必驚人。」（語れば必ず人を驚かす。）
であることを狂ということばで尊敬を表している。また
　「古之任侠士」（いにしえの任侠の士）
と称して愛ということばで親しみを表している。また黄山三十六峯を踏破して黄山石�Eを二つの巨嚢にみたして足破肩腫しながら揚揚として喜色あることを
「恠癖」（怪癖とおなじ）
として喜んでいる。極度の貧困に売文して妻子を養い、衣食のために奔走しても不義の物や千金をかえりみない。これを奇士といって尊敬している。そして
「夫士秉扶輿奇倔之氣。縱其所之往往能窮極其奇。然奇之甚者。造物又抑塞之。今君孤行一意。亦将困而老矣。奇之反爲庸。庸有二義。碌碌者庸也。坦坦者亦庸也。石如其歛若氣。虚若心。」
（そもそも士は、扶輿奇倔の氣をとるである。その行うところは往々にして、能くその奇を究極する所である。奇が甚だしければ、天の創造主はこれを抑塞してしまう。今、あなた（�ｹ）は孤独に一意にゆこうとする。また、困窮して老人となろうとしているのに。奇でないことは庸である。庸には二つの意味がある。平凡であることも庸、普通であることを庸である。石如の歛(のぞみ)は空気のようなものである。その謙虚なことは石如の心の有様である。）
これを
「以求進乎聖賢中正之歸則奇也。」
（聖賢が中正にむかうことを求め進むことは、すなわち奇なのである。）
そうすることが
「而進于不奇之奇。」（奇ならざるの奇に進むこと。）
であるとして、�ｹ石如の奇は聖賢の行いと一致することを述べている。
　最後に
「愛石如之盛。」（石如の盛んなるを愛する。）
といい、
「交誼之篤至此。不又一變歟。」
（厚誼の篤きことは、比べようもないことである。この厚誼は決して変わることはないのだ。）
といって不変の友情を述べている。�ｹの精神性の高さを指摘する評を、最初に序文として著した人は、孫雲桂である。
　文中に書かれる�ｹについての具体的な記述には、「辛壬間遇諸武昌弇山尚書幕府」がある。辛壬は辛亥と壬子をさし、乾隆五十六年（１７９１）と翌年（１７９２）のことである。この間に武昌の畢沅（弇山尚書）の幕府で出逢っている。この畢沅の幕中にあったことついては、包世臣『完白山人伝』の記述にも同じ内容がある。ただし、包『完白山人伝』には、畢沅の幕中にあった年について具体的記述はないため、孫雲桂『完白山人伝』のみが年次を明らかにしている。また、二十年前、楚の僧舎に客したとき、夜半に賊が侵入したのを奮拳撃匪して放逐したことがある。序文は乾隆五十七年であるので、乾隆三十七年（１７７２）頃のことで�ｹ三十歳に当たる。
　この件については、包『完白山人伝』には記載がないこと、また版本も近年までなかったようである。このことから他の�ｹの伝記中にも載せるものが少ないが、楊沂孫の伝記�Fに一部が載せられたことから広く知られたようである。このほか
●『�ｹ石如伝』金天羽�G（『天放楼続文言』　民国二十二年　１９３３　蘇州国学会印本　所収）
●『�ｹ石如伝略』江爾維�H（『懐寧県志』巻外隠逸六　所収）にも載せられている。
　すでに触れた以外の�ｹの伝記資料には、以下のものがある。
●『�ｹ石如伝』王灼�I（『悔生文集』巻六　所収）
●『�ｹ君墓誌銘』何紹基�J（北京故宮博物院蔵本�K）　
●『石如�ｹ君墓志銘后記』何紹基（光緒三十年重修『白麟�ｹ氏宗譜』　所収）
●『書完白翁伝后』李兆洛�L（『養一斎文集』巻六第二四頁　所収）
●『�ｹ石如先生事略』李元度�M（『国朝先正事略』　所収）
●『�ｹ石如伝略』�ｹ光祖�N（光緒三十年重修『白麟�ｹ氏宗譜』　所収）

�@呉育（生卒不詳）。字は山子。呉兆騫の曾孫。篆書に工み。方履籛ともっとも交際する。著に『私艾斎文集』がある。（『中国人名大辞典』）
�A包世臣（１７７５―１８５５）。字は誠伯、号は慎伯・倦翁。安徽省��県の人。嘉慶十三年（１８０８）の挙人。官は、江西新喩知県。�ｹ石如の弟子。著に『芸舟双楫』『国朝書品』『安呉四種』がある。（『広印人伝』『安呉四種叙録』）
�B方履籛（１７９０―１８３１）。字は彦文、号は朮民という。江蘇省陽湖の人。（『清代碑伝文通検』）
�C李兆洛（１７６９―１８４１）。字は申耆。江蘇省陽湖の人。（『清代碑伝文通検』）
�D楊沂孫、第二章、Ｆ　七言律詩（二首）の注記�C参照。
�E黄山石について。平成十二年五月に訪中して黄山を登頂された平原春嶺氏に黄山石について教示を頂いたが、とくに黄山石という特別なものはないとのことであった。
�F楊沂孫の伝記は、『�ｹ石如印譜』（博雅斎）・『�ｹ石如印譜』（武漢古籍書店）に載せられるが、表題を「�ｹ石如印譜序」としている。
�G金天羽（生卒不詳）。『中国文化界人物総鑑』（橋川時雄）には、金天翮としている。字は松岑。著に『天放楼文言』『天放楼続集』『皖志列伝稿』がある。（『中国文化界人物総鑑』）
�H江爾維、人物不詳。
�I王灼（生卒不詳）。字は浜麓。安徽省桐城の人。（『清代碑伝文通検』）
�J何紹基（１７９９―１８７３）。字は子貞、号は東洲居士・蝯叟。湖南省道州の人。道光十六年（１８３６）の進士、官は編修。説文考訂の学に詳しく、草書は一代の冠であった。著に『説文段註駁』『詩文集』がある。（『印林跋語』『海上墨林』『韜養斎筆記』『益州書画録』）
�K本件は、『石如�ｹ君墓志銘』李兆洛（真蹟影印　『�ｹ石如書法選集』　１９６３　文物出版社　所収／『養一斎文集』道光十二年・光緒十年）を、何紹基が同治四年（１８６５）に再び録したもので、李兆洛の銘文に何紹基の銘文を加筆したもので、曽国藩篆額一開・銘文六開の計七開（30.6cm×30.3cm×７開）である。
�L李兆洛、本章の注記�C参照。
�M李元度（１８２１―１８８７）。字は次青・笏庭、号は天嶽山樵・超然老人。湖南省平江の人。道光の挙人。官は浙江塩運使・貴州布政使。著に『四書広義』『国朝先正事略』『南岳志』『国朝彤史』『名賢遺事録』『天岳山館文鈔』『詩集』がある。（『清代碑伝文通検』『中国人名大辞典』）
�N�ｹ光祖、人物不詳。


６　�ｹ詩について
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　�ｹの詩は、その自選集がなく全容は知られない。稿者の管見によれば伝記中にある数字の記載、また作品解説として個別に取り上げられるほかは、中国日本ともに�ｹ詩を積極的に取り上げるものは僅かである。
　第一は、西川寧氏による『完白山人詩文』である。昭和十六年（１９４１）、『書苑』第五巻二号に掲載された。これは後に西川氏自身よって家刻（１９６１）され、今『西川寧著作集』第九巻（１９９２）によって見ることができる。内容は詩存と文存があり、詩存には二十二題二十四首にくわえて楹聯一題を載せる。
　ついで、高畑常信氏による「�ｹ石如の詩について」（『�ｹ石如の書と篆刻』所収　１９８８）がある。これは、ほぼ同文が『書論』第２４号（１９８８）にも載せられるが、本稿では高畑氏の単行本にしたがって述べることにする。内容は三十三題四十一首にくわえて楹聯一題を載せている。
　同じ年に、穆孝天・許佳瓊の両氏による「�ｹ石如著述」（『�ｹ石如研究資料』第三編　所収　１９８８）と題し、この中に詩存（第一章）がある。七十一題百三十二首を載せている。印刷の使用文字が簡体字であるため、本字にしたときに複数あるものがあり使用字の判断に困るものがある�@。また、改行が不正確のため一題一首と思われるもので二首であるものがあった�A。
　以上三著が、�ｹ詩を専門に取り扱った主なものである。西川氏は長年にわたり�ｹの書作また刻印の款文からの摘録である。また高畑氏は、西川氏の摘録を更に�ｹの書作によって増補したものである。穆・許氏は、『白麟�ｹ氏宗譜』『�ｹ氏宗譜』からの採録と、�ｹの書作また刻印の款文からの摘録である。前二著は出典を明記しているが、穆・許氏が載せる詩には出典を記さないものがあることは惜しまれる。高畑氏は、詩文を録して、さらに訓読・大意をくわえた丁寧なものであるが、�ｹ詩における古典の引用や背景について述べるとこ僅かであることが惜しまれる。
　�ｹ詩に自選集がないことから�ｹの書作また刻印の款文から採録することは当然な方法であるが、以下の指摘があることを引用しておく。西川氏の文章に、河井荃廬氏の話として�ｹの詩集と題する写本が存在したが偽書であったことを紹介している�B。また前の三著とも載せる『山居早起』と題する五言絶句�Cがあるが、これも西川氏自身の文章に、池田古日氏よりの指摘として�ｹの父である一枝（号、木斎）の作詩である―紀成荷亭の評伝による―と教示をうけたとしている�D。�ｹ詩に自選集がないことから、こうした問題が存在することはやむを得ないことである。
　本件『詩稿冊』に書かれた二十一題三十六首のうち、西川氏『完白山人詩文』・高畑氏「�ｹ石如の詩について」・穆許氏「�ｹ石如著述」のいずれにも載せられないものは、
Ｋ　七言律詩（二首）
（第十一題）「遵韻擬繍佛庵主鄂城感。賦二長律。」（爲畢制軍妹）
Ｍ　五言律詩
（第十三題）「登黄鶴樓。」
Ｎ　七言絶句（二首）
（第十四題）「和繍佛盦主題姪媛智珠畫菊詩。」
Ｏ　七言絶句（二首）
（第十五題）「和畢制軍題智珠賢媛畫菊詩。」
Ｔ　五言絶句（二首）
（第二十題）「有繪老翁撫酒罌者因戯題之。」
が該当する。以上、計五題九首が、従来の資料に載せられない�ｹ石如の作詩である。
　詩形によれば五言絶句は二首、五言律詩は一首、七言絶句（四首）七言律詩は二首である。
　
�@例えば簡体字の个を使用するが、本字には個・箇がある。また、匆は、怱・悤があるなど。
�A第一七題「和大觀亭西泠女史題壁詩。（并序。）」、また第四五題「畫畫師丁君爲余繪脱帽圖感而成詩」など。
�B『書道』第五巻八号（１９３６）
�C曉起猶殘月。柴扉破霧開。呼童掃花逕。夢有故人來。
�D『書品』第二二二号（１９７２）



７　『詩稿冊』における�ｹの行書について
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　�ｹの学書については、包世臣『完白山人伝』�@に委細をつくして述べられている。
　篆書については、『石鼓文』『嶧山碑』『太山刻石』『開母石闕』『燉煌太守碑』『国山』『天発神識碑』『城隍廟碑』『三墳記』を好み、さらに『説文解字』を手写し、三代の鐘鼎・秦漢の瓦当碑額に及ぶという。包は、�ｹの篆法について……二李（李斯・李陽冰）を以って宗とした。また縦横闔闢の妙は、史籀より学んだ。隷書の意がふくまれているが、鋒を殺すことで勁折をまぬがれた。だから字体は微方になって、秦漢の瓦当碑額の文ともっとも近いものになった。……という。闔闢は、『易経』（繋辞上）に「一闔一闢、謂之変。」とあるとおり、縦横に変化する妙である。史籀は大篆を作ったと伝えられる人物である。�ｹの篆書が、大篆の法を取り入れて筆法の自在を得たことを述べている。
　隷書（包は分書という）については、『史晨前後碑』『華山碑』『白石神君』『張遷』『潘校』『孔羨』『受禅』『大饗碑』を臨したという。包は、�ｹの分書について……遒麗淳質であって変化は方物になることはない。結体は極めて厳正にして、渾融して跡がない。思うに『嶧山碑』『国山』の方を約して書したからである。……という。遒麗淳質とは、つよく麗っていて淳みがあって変化してありきたりにならないことを述べている。また、文字の構造は極めて厳正であって、渾融一体となっているのは、『嶧山碑』『国山』の篆書の筆法を約して書したことを指摘して、隷書に篆法を交えていることを述べている。
　楷書（包は今隷という）は、篆隷（包は篆分という）の筆法を取り入れたという。『瘞鶴銘』『梁侍中石闕』と筆法が同じであると指摘する。
　草書については、「縦逸にして晋人に入らずと雖も、筆致は蘊藉にして五希以来の俗気無し。」といって、王羲之に代表される晋代の筆法ではないが、含蓄があって余りあり五代以来の俗気がないことをいう。
　以上が包『完白山人伝』にある�ｹ書の書体ごとの言及であるが、行書については触れられていない。
　また包世臣は「自跋艸書答十二問」�Aでは……�ｹの篆隷分（篆書・古隷・隷書のこと）は、絶詣にいたるという。真書は晋に入らないが、その平実のなかの変化はだれも及ばない。ただ草書のみは、�ｹ書が銅牆鉄壁であり虚和遒麗であるがゆえに草書の筆法に適さないのである。……という。
　では、包世臣において草書に理想はなにかというと「答煕載九問」�Bにおいて……草書は簡静をもって上となす。雄肆これに次ぐ。……という。この包の説くところを対照すれば、�ｹ書の銅牆鉄壁また虚和遒麗は篆書隷書の理想ではあるが、草書の理想ではない。そして草書の理想である簡静・雄肆は、篆書隷書の理想ではないということになるのではないだろうか。
　包が「国朝書品」�Cにいう書の最高境地つまり神品とは平和簡静・遒麗天成をいうのであるが、ここでは篆書・隷書・草書の最高理想が含まれていることになる。そして「国朝書品」において神品（第一品）には�ｹの古隷と篆書のみをあげ、次点である妙品上（第二品）には、やはり�ｹの隷書と楷書のみをあげている。では、�ｹの草書・行書の格付けはというと、草書は能品上（第四品）、行書は逸品上（第六品）に置かれていて、包の評価が篆書・隷書・楷書の三体に重きがおかれ、草書は劣り、行書はさらに劣ることになり包の理想とするところではなかったことがわかる。
　「国朝書品」において、行書の最高位に挙げられたのは妙品下に置かれた姚鼐で、次いで能品上に釈邱山・姜宸英・黄乙生が、次いで下に能品下に笪重光ほか十二人である。さらに、これに次いで逸品上に蕭雲従ほか十人が挙げられるが、ここに�ｹの行書が置かれている。書体に区別なく神品から能品上までに挙げられた人物は十一人で、能品下に二十三人さらに逸品上に十五人が挙げられているのであるから、�ｹの行書への評価はひどく下がるものであった。
　�ｹ書に対しては包以外に、李兆洛・張恵言・査揆・方廷瑚・呉育・息柯雑・李瑞清・康有為・楊守敬・屠寄・向◆（◆シン／焱ｶｼﾗ＋木、大修館『大漢和辞典』巻七、番号１９４０８）・章太炎などの諸家に言及があるが�ｹの行書については触れられないようである。ただ趙之謙が、
山人学書。先従篆隷入。隷成通之篆。篆成通之真。書由真通行。須従草仮道。山人草不克見。行書亦未工。此是日力所限。然其成者無以加矣。　　　　　　　　　　　　
（�ｹ石如の学書は、まず篆書・隷書から学んだ。隷書が完成すると、さらに篆書にすすんだ。篆書が完成すると、さらに楷書にすすんだ。書というものは楷書から行書にすすみ、そうしてから草書にすすむべきであるというのは一方法論である。�ｹの草書はあまり見かけないし、行書もまた上手いとはいえない。こうしたことは毎日に努力しても限りがあることで、そうした不出来があることも仕方のないことなのである。）『書林藻鑑』一二
と述べて、篆書・隷書・楷書に比べると、草書・行書に�ｹの力が及ばなかったことを指摘している。

　さて、包においても�ｹの行書・草書にたいする古典の典拠については明らかにされなかったが、伏見冲敬氏が�ｹ作品において見なれない草体の解釈から『淳化閣帖』に典拠があることを指摘されている�D。稿者も、『詩稿冊』の釈読をすすめるうえで疑問におもったものが幾つかあったが、これがやはり『淳化閣帖』にある文字であった。今日ではあまり流行らない『淳化閣帖』であるが、元・明・清の多くの能書家が、『淳化閣帖』を臨書していることは稿者の近年の調査によっても多数指摘できる�E。包は「述書上」において『淳化閣帖』について触れていて……この年（嘉慶七年　１８０２　包二八歳）筆法を�ｹ石如に学んだ。（中略）甲子（１８０４）欧陽詢・顔真卿の碑版を専習した。（中略）丙寅（１８０６）南宋庫装の『（孔子）廟堂碑』と棗版『（淳化）閣帖』を獲た。冥心して探索して、永興（虞世南）の書が大令（王献之）を源とし、大令と右軍（王羲之）が法を異にすることを深く明らかにした。……と述べて、三十代初めに『淳化閣帖』を精習している。また、包は「答三子問」における震伯（朱�ﾒ）の問いに答えて……（前略）学書に志すものは、第一に唐人の字勢（字体）の凝重（はっきりしている）であるものを選択し、鋒芒（筆先）の出入の跡象があるものを数十字から、おおく百言ほどを習うのである。（中略）そして真（楷書）から行（行書）にすすむ。褚（遂良）『蘭亭』肥本を習い、よく指にしたがって環転（回転）するようになれば『（淳化）閣帖』にすすむ。（後略）……と述べて、楷書の基礎を固めたのち行書にすすみ、『蘭亭』を習得して『淳化閣帖』にすすめと学書の過程を示していることからも、包において『淳化閣帖』は行書学習の必須の法帖であることがわかる。
　ここで本件『詩稿冊』に書かれた書字で、とくに異体と思われ、稿者の調査により『淳化閣帖』�Fにも見えないものを挙げておく。
●第一開四行目「兒（児）」伏見冲敬『書道大字典』角川書店（１９７４）また高田竹山『五体字類』西東書房（１９１６）にも字例を載せない。乾隆五十一年（１７８６）序文の『草字彙』（上海会文堂書局）は草書の字例を載せたものだが、この見出し字が�ｹ書と同じ体であることから通行体として使用されていたものと思われる。
●第一開六行目「興」伏見本・高田本ともに�ｹ書の字例を載せない。　
●第一開七行目「關（関）」高田本、凌登名（人物不詳）に同じ体がある。
●第一開十二行目「巒」高田本、卞壷（晋）に同じ体がある。
●第二開五行目「盤」伏見本・高田本ともに�ｹ書の字例を載せない。
●第二開六行目「塵」伏見本・高田本ともに�ｹ書の字例を載せない。
●第三開六行目「奔」伏見本に饒介（元）、高田本に王献之に同じ体がある。
●第三開七行目「開」伏見本に鮮于樞（元）、高田本に祝允明（明）に同じ体がある。
●第五開九行目「壑」伏見本・高田本ともに�ｹ書の字例を載せない。
第五開十二行目「聲（声）」伏見本・高田本ともに�ｹ書の字例を載せない。
●第七開七行目「州」伏見本・高田本ともに�ｹ書の字例を載せない。
●第十一開五行目「獲」伏見本に文徴明（元）に同じ体がある。
●第十二開二行目「桑」高田本に同じ体があるが、明人諸人としているだけで人物は不詳である。伏見氏は『書道大字典』を縮約版として『書道字典』角川書店（１９７７）を篇した。これは『書道大字典』を縮約しただけでなく明清百五十家を増補したものである�G。これに呉昌碩（清）に同じ体がある。呉昌碩は、�ｹより後の人であるので�ｹが学ぶことはないが、使用例として挙げておく。
　出典の調査に使用した字典は、字例の典拠として碑名また帖名を挙げるが、個人名の場合には人物は知りえても、帖名は知りえない。こうした事情から字例の存在を確認するにとどまっている。

�@包世臣『芸舟双輯』「論書二」所収。
�A�@に同じ。
�B包世臣『芸舟双輯』「論書一」所収。
�C�Bに同じ。
�D『書道史点描』　伏見冲敬　二玄社　第六頁
�E拙稿『臨書探訪』一号〜六九号　（競書誌『玄筆』　玄筆会―埼玉県川越市―　所収）の調査執筆に拠る。
�F底本には、粛府初拓本『淳化閣帖』清雅堂（１９６５）を使用。
�G『書道字典』角川書店（１９７７）序に拠る。



おわりに
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　すでに識者によって指摘されるとおり�ｹの詩の専著が無いことは、広く知られるところであるが、本件の詩冊の公開により、�ｹの詩作二十一題三十六首が明らかになったこと、また本件の款文によって作詩の年代が�ｹ五十歳以前のものであることが知られ、更に詩題に付けられた添え書きによって作詩年が確定できるものがあった。このことにより�ｹの足跡が明らかになり、また伝記資料の記載を裏づけ訂正し、更に本件以前また以後の書作から詩文の字句の異同が比較検討できるようになった。
以上のことは、�ｹの生涯、また書作・作詩を研究する上で重要な内容を持っている。小稿では、部分を触れるに過ぎないが資料を完備できるよう、更なる検討を持ちたい。

　小稿は、先賢のおおくの研究成果によって執筆いたしました、とくに西川寧氏『西川寧著作集』３の第一章における�ｹ石如の論考の諸篇、また大谷敏夫氏訳の「安呉論書」（『中国書論大系』１５所収）よりおおくの教示を得ましたことを誌して厚く御礼申し上げます。
　また、もとより稿者は管見であり、小稿中の誤謬不備に対しましては、忌憚の無いご指摘ならびに識者のご教示をお願い申し上げます。


―参考文献―
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（中文）
・『清国行政法汎論』　臨時台湾旧慣調査会　（１９０９）　東京　金港堂書籍
・『中国人名大辞典』　臧励和　（１９２１）　商務印書館
・『中国古今地名大辞典』　臧励和　（１９３１）　商務印書館
・『金石家書画集』第二集　（民国二十四年　１９３５）　西泠印社　―二玄社　１９７６　覆製―
・『中国文化界人物総鑑』　橋川時雄　（１９４０）　中華法令編印館
・『�ｹ石如書法選集』　（１９６３）　文物出版社　―秋山書店　昭和五十二年（１９７７）　覆製―
・『清代碑伝文通検』　陳乃乾　（１９５９）　北京中華書局出版
・『�ｹ石如隷書集』　（１９７４）　台北　学海出版社
・『�ｹ石如印譜』博雅斎
・『中国美術家人名辞典』　兪剣華　（１９８１）　上海人民美術出版社
・『書林藻鑑』　馬宗霍　（１９８４）　文物出版社
・『叢帖目』四　容庚　（１９８６）　中華書局香港分局
・中国古代美術資料叢書『�ｹ石如研究資料』　穆孝天・許佳瓊　（１９８８）　人民美術出版社
・『�ｹ石如印譜』　（１９９０）　武漢古籍書店
・『嘉慶重修一統志』　王雲五　（出版年不詳）　台湾商務印書館
・遠藤昌弘収集資料　（影印）�ｹ石如行書冊頁　―七言律詩（二首）「和大觀亭西泠女史題壁詩（并序）」・五言律詩（三首）「南淮題怕詩」―　出版社・出版年不詳

（日文）
・『五体字類』　高田竹山　（１９１６）　西東書房
・『書道』第五巻八号（１９３６）
・『書品』第７８号　（１９５７）　東洋書道協会
・粛府初拓本『淳化閣帖』　（１９６５）　清雅堂
・『書品』第二二二号（１９７２）
・『書道大字典』　伏見冲敬　（１９７４）　角川書店
・『書道藝術』第１０巻　（１９７６）　中央公論社
・『書道字典』　伏見冲敬　（１９７７）　角川書店
・『款識叢例』　（１９７９）　藤原楚水　省心書房
・『書道史点描』　伏見冲敬　（１９７９）　二玄社
・『中国書論大系』１５　（１９８３）　二玄社
・中国篆刻叢刊『�ｹ石如』第２２巻　小林斗盦　（１９８４）　二玄社
・『�ｹ石如の書と篆刻』　高畑常信　（１９８８）　木耳社
・『書論』第２４号　書論研究会　（１９８８）　書論編集室
・『西川寧著作集』３　西川寧　（１９９１）　二玄社
・『完白山人詩文』　西川寧　（『西川寧著作集』第九巻　１９９２　二玄社　所収）
・『大東書道研究』第７号　（１９９９）　大東文化大学書道研究所
・『大東書道研究』第８号　（２０００）　大東文化大学書道研究所
・『中国書法名品展図録』　（２０００）　謙慎書道会
・『中国書画名品展図録』　（２００１）　謙慎書道会
・『臨書探訪』一号〜六九号　（１９９６・５〜２００１・１２　競書誌『玄筆』第２号〜第７０号　玄筆会―埼玉県川越市―　所収）


　　　（２００２年６月稿・２００５年５月１７日訂正）



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